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魔術師たちよ  作者: 八神あき
一幕 競技会編
6/66

上位生

 上位生の部屋は寮の最上階にある。

 階段を登り、廊下に出ると雰囲気が変わった。分厚いカーペットがしかれ、品のいい調度品が並んでいる。扉に使われている木材もつややか。

 光源もないのに白昼のように明るい。無人の廊下にはルンバ、もとい清掃用ゴーレムが音もなく床を滑っている。

「なんか、すごいね」

「リサはそのうちここに住むんじゃないかな」

「そう?」

「うん。アルフレッド君に勝ったわけだし。まあ、試合の結果だけで成績が決まるんでもないけど。勉強もすれば十分目指せると思うよ」

「あ、じゃあ下でいいや」

「どれだけ勉強嫌いなの!?」

 扉の前にはプレートが張ってある。アルフレッド・ドゥーランと書かれた扉の前でとまった。

「じゃあ、呼ぶね」

 クレアが言って、ドアをノックした。

 すぐに返事が来る。リリアの声だ。扉が開くと、メイド姿のリリアが立っていた。

「お待ちしておりました。アルフレッド様はガウンの下でシャツがくしゃくしゃになって気持ち悪い、と駄々をこねておりますので、少しお待ちください」

「おい! 余計なこと言うなよ!」

 奥からアルフレッドの声が響いてくる。

「すぐ戻ります」

 リリアはアルフレッドのもとへ走る。しばらくすると、装いを整えた二人が出てきた。

「行くぞ」

 アルフレッドは言って、廊下をずかずか歩く。三人はそのあとに続いた。


 アルフレッドは階段と反対側に歩く。廊下の突き当りに談話室があり、そこから別の廊下に出る。

「資料室って、こっちからも行けるの?」

「資料室のほうを使いたいのか?」

 リサがどう答えたものか迷っていると、リリアが助け舟を出す。

「仮想空間へ接続する部屋は最上階にもございます。上位生はここを使っています」

「うはー。格差社会―」

「魔術師を育てる機関なんだ。優秀な人材に投資するのは当然だろう」

 それにしてもやりすぎな気がするが、言うのはやめておく。

 角を曲がると、今度は月明りの照らす空間に出る。建物の外側がガラス張りになっており、中庭の様子が一望できる。反対側の壁には扉があり、あちこちで見るガラスのパネルが置かれている。

 アルフレッドはパネルを操作した。

「これ、なんなの?」

「水晶板。いろいろできるよ」

「いろいろとは」

「本来は魔道具を整備する魔道具だね。今は情報端末として使われることが多いけど。扉の前に置かれてるのは使用状況を書いたり、ロックを外したり。あとは本とか論文も読めるよ」

「あー、まんまタブレットって感じか」

 扉が開く。中は教室を半分に割ったような空間。

 壁の長辺は真っ黒いガラス。ガラスに向けて二人掛けのソファーが四つ置かれている。

 ソファーの前には水晶玉。試合で使ったのと同じものだ。水晶玉の横には水晶板も置いてある。

 アルフレッドは真ん中のソファーに座り、水晶板を操作した。

「閲覧か? 接続か?」

 それがリサに向けられた質問だと理解するのに数秒かかった。

 リサはクレアの顔を見る。

「過去の試合を見るのが閲覧。実際に仮想空間に入るのが接続。今回はこの前の試合について分析するのが目的なので」

「閲覧で」

「そうか。ならあとはクレアに任せていいな? 俺はいくつか試したい悪魔がいる」

 手短に話すと、さっさと水晶玉に手をかざして仮想空間へと入ってしまった。倒れ込む体をリリアが支える。

「私のこと知ってたんだ」

 クレアは呆然とつぶやく。てっきり同学年の人間には一切興味がないのかと思っていた。

「お二人のことは忘れたくても忘れられないでしょうから。アルフレッド様は負けず嫌いですので」

 なるほど、つまり自分を負かしたリサのおまけとして覚えられているわけだ。あまり名誉な覚えられ方ではない。

「ねえ、これどうやるの?」

 リサが言うと、クレアの思考がとぎれる。

「あ、今行くね」

 リサの隣に座り、水晶板を操作した。黒いガラスにアルフレッドとリサの戦いが映る。

「なんか映画みたい」

 リサはソファーに座り直し、自分の戦いを鑑賞。大画面に自分の顔が映るのはどうにもむずがゆい気分だ。

「ねえ、どうやったらもっと強くなれると思う?」

「うーん……魔力量はフローもストックもこれ以上ないレベルだし、成長の余地が大きいのは魔力操作かな。あとは体系的に元素魔術を覚えたほうが対策も広がるんじゃないかな。火魔法と土魔法を覚えてるなら残り二つもすぐできるはずだし」

「土? 私、火しか使えないけど?」

「最後にマグマを飛ばしてたよね? あれ、土魔法じゃないの?」

「いやいやいや、マグマなんて火の上位互換みたいなもんでしょ? 火を焼き尽くすマグマじゃ! って言うじゃん」

「そんな感覚的な…」

「魔法ってそんなもんだよ! 理論じゃないんだよ、直感なんだよ!」

 クレアは眉をひそめる。しばし考え、ふとひらめいた。

「もしかしてリサって、古典魔法使ってる?」

「ごめん、それまだ授業でやってないかも」

「やってても寝てるじゃん」

 返す言葉もなかった。

「古典魔法は、魔道言語以外のスタイルで書かれた術式の総称。画一化された記述様式がないから、個々の魔法をひとつずつ覚えないといけないの。その代わりそれぞれの術式に特化した記述様式だから、発動速度は速いけど」

「あー、うん。わりと意味わからんわ」

 専門用語を専門用語で説明された気分だった。

「えーっと、なんて説明すればいいのかな……」

「出過ぎた真似かもしれませんが」

 言いよどむクレアを見て、リリアが手をあげた。

「まず、魔法を発動するには魔力で術式を書く必要があります」

「ああ、うん。それはなんとなくやってる」

 感覚派のリサでも、自分の魔力の動きくらいはわかる。

「術式は専門の言語で書かれます。会話で使われるような、自然発生的な言語ではなく、魔術を行使するという目的のために作られた、人工言語です」

 プログラミング言語みたいなものね、と声を出さずにうなずく。

「魔術用の人工言語にはいくつか種類がありますが、普段使っている魔法は魔道言語、というものです」

「まんまなネーミングだね」

「魔道言語以外の言語で書かれた術式はすべて古典魔法です。現代魔術は魔道言語さえ覚えれば、たいていの魔術が使えます。火魔法が使えれば、水魔法も、土も、風も使えます。ですが、古典魔法は火魔法を覚えても火魔法しか使えません。その代わり現代魔術と違い、雑な理解でもけっこう戦えます」

「ああ、だからあたしでも使えるんだ」

「それと、魔道言語において火を意味する単語はひとつだけです。しかし古典魔法では火にもいくつか単語があるので、火っぽいものはだいたい扱えます。リサさんが火魔法でマグマを操ったのもそのせいでしょうね」

「なーほどね。七割くらいわかったわ」

「今のでも七割なんですか」

 中等部一年でやるような講義内容だったのだが。

「昔からよく言われたよ、藤堂相手に話すときは小学生でもわかるように話さないといけないって。だからクレアも、あたしに話すときは十歳児を相手にしてるって思ってね」

「なんで私が諭されてるんですか?」

 話しながらも、クレアは映像を見て、水晶板に文字を打ち込んでいた。リサが覗き込むと、『魔力操作、基礎から』『できることとできないこと確認』『魔力量測定、フロー、ストック、継戦時間』などと書かれてある。

「なんか、今更だけどクレアってめっちゃよくしてくれるよね。なんで?」

「え? なんでって……そう、ですね」

 クレアは手をとめて考える。

「たぶん、自分じゃ戦ったりは無理なので、できる人を支援するほうが向いてるんじゃないかな、って」

 そう言って、何かを押し殺すように笑った。


 試合の記録を見終えても、アルフレッドは帰ってこない。

「悪魔のテストは時間がかかりますので、お先に帰ってもらって大丈夫ですよ」

 リリアにそう言われたので、二人は部屋を出た。

 月明りの廊下を歩く。

「ねえ、クレアってなんで学園に入ったの?」

「理由?」

 クレアは視線を上に向け、記憶を探る。

「私はもともと図書館にいたの。仕事の合間に本を読んでたんだけど、魔術関連のが面白くて。それでも学園に行こうなんて思ってなかった。けど、平等政策が発表されて、入学試験は実地と学科の総合で図ることになって、だから、一から勉強してみようって思ったの」

「総合? じゃあ、実地できないならめちゃくちゃ不利じゃない?」

「けどそれまでは実地と学科でそれぞれ基準をクリアしないといけなかったから。可能性はゼロじゃないんだって思ったら、少しはがんばってみようかなって」

「それで、どうなったの?」

「一位だったよ。学科だけは。総合だと下から数えたほうが早かったけどね」

 クレアが自慢げに胸をそらした。が、すぐにしぼんでしまう。

「すごいじゃん! クレア、頭いいんだね! いや、そんな気はしてたけど!」

「ほんとかなー。リサ、すぐ適当言うから」

「ほんとだって。やたら話し難しいし、あたし、クレアとの会話半分も理解できてないもん!」

「それ、うれしくないんだけど……」

「実地て、試合のこと?」

「ううん、魔力操作とか、指定された魔術の行使とか。まあ、だいたい試合での強さと比例するけど」

「やっぱり!」

 リサはやけに嬉しそうに言う。

「やっぱりって何が?」

「いやー、思ったわけよ。あたし、一年だと一番強いじゃん?」

「それ、自分で言うのどうなの?」

「で、クレアは一番頭がいい! あたしたち組めば最強じゃん! 最強コンビ爆誕だよ!」

「あ、いえ、学科はもうアルフレッド君に抜かされて二位」

「十分すごいって! じゃあ、若干最強で」

「若干ってついた時点で最強ではないね」

「ま、まあ、それはあれよ。誤差、誤差だから」

「じゃあその埋め合わせはリサがするってことで。誤差の分だけは勉強してくださいね」

「うげっ。…もー、わかったよー。クレアってお姉ちゃんみたい」

 肩を落とすリサを見て、クレアは思わず苦笑した。

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