Paint it rainy
雨音が続いている。
檜普請の廊下を挟み、四角く区切られた庭は水みずしく彩られ、池の水面に雨蛙が自由に泳いでいる。
和室では少女と母親が向かい合っていた。
梨沙は足の痺れを逃すため、畳の上で膝を持ち上げる。
「動くな!」
母の怒声。びくりと体を縮こませる。
母は両手で三角形を作ると床に置き、音もなく体を倒した。
梨沙もイヤイヤ真似をする。
「違う! 何度言ったらわかるの、あなたのお辞儀は本当に見苦しい」
何がどうダメなのか理解できない。
それでも、尋ねることはしない。無駄と悟っているから。
ここから始まるのはいつも同じセリフ。
「なんで沙耶香みたいにできないのかしら」
優秀な姉と、不出来な妹を比べ、嘆き悲しむ。
そんなこと言われたって仕方ないじゃない。
ふてくされ、母の小言が終わるのを待つ。
「本当に姉妹なのかしら。あなたは頭も器量も素行も、全部悪い。いつになったら治るの? 来年? 再来年? もうじき中学生よ。いつまでみっともない子供のままでいるつもり? お母さん恥ずかしい」
俯いて反省するフリをしながら、横目でチラチラと庭を見る。
「鏡を見て練習なさい!」
首を掴まれ、姿見の前に放り出された。
「できるまで夕飯はありませんからね」
それだけ言い残すと、ピシャリと襖をしめた。
足音が遠ざかっていく。
梨沙は庭に飛び出した。
濡れた地面が気持ちいい。柔らかい地面に足が沈む。
両手を広げ、天をあおぐと、雨水が惜しみなく降り注いできた。
「うがあああああああ」
口いっぱいに溜め込んで、きゃっきゃと笑いながら吐き出した。
蛙を掴んで放り投げ、水面を蹴立てて鯉を脅かす。
ドクダミの葉を頬張り顔をしかめ、季節外れのゼンマイをムシャムシャと噛み締めた。
「まっずーーーー!」
口に入れた意地で飲み下す。
「梨沙ー」
座敷から呼び声。
振り向くと、着物姿の姉が立っていた。
優しい微笑を湛え、手を降っている。
「お姉ちゃん!」
梨沙は駆け出す。廊下に飛び込み、姉に抱きついた。
薄桃色の生地は見るまに泥だらけ。姉は苦笑し、妹の頭をなでる。
梨沙を抱え、バスタオルの上に乗せると全身を拭いた。
「体冷えちゃってるじゃない。お風呂入る?」
「入る!」
ぴっと手をあげると、またも姉に抱き抱えられる。
湯気立ち込める檜の空間。
梨沙はお湯に飛び込んだ。
沙耶香は体を流してから湯船に入った。妹を膝の間に置いて抱っこする。
妹の頭をなで、ふうと息をはいた。目をつぶって耳までお湯につかる。
「窮屈な家だけど、ここに生まれてよかったって思うことが二つあるの」
「ふたつー?」
「お風呂が大きいことと、超かわいい妹がいること!」
「うっひゃー! お姉ちゃん苦しい! あびゃ!」
抱きしめると梨沙はバタバタと手を叩き、自分でたてた水しぶきを鼻にくらう。
やがて梨沙はおとなしくなり、姉の顔を見上げる。
「でも褒めてくれるのお姉ちゃんだけだよ? さっきもお母さん、お辞儀が悪いって。あたしがお姉ちゃんみたいになれるわけないじゃん」
「いーの。あなたは人の真似なんてしないで。……私とは違うんだから。梨沙は特別よ」
「あたしがー? 怒られてばっかだよ?」
「名馬はことごとく悍馬より生ず、って伊達政宗の言葉よ」
「めーば? かんば? だてまさ?」
首を傾げる妹を見て、苦笑。
「今は難しいこと考えなくていいよ。大きくなったら調べてみな」
「わかった! 考えない!」
思い切りのいい返事に、言ったほうが面食らってしまう。
「なんでこの可愛さがわかんないかなー。……従順な娘なんて、私ひとりで十分でしょうに」
「えー。ママはいらないよー。お姉ちゃんだけでいい! ずっと一緒にいる! 大人になったら結婚する!」
「姉冥利に尽きるし私も結婚したいけど、私だけじゃダメよ。友達は作りなさい」
「やだー。お姉ちゃんがいいー」
「友達ができたって、私はいなくならないから」
「そうなの?」
「そう。ずっと一緒だよ。約束」
小指を差し出すと、梨沙は嬉しそうに小指を絡めた。
「こんやく!」
「なぜそんなピンポイントな語彙だけ知ってる……」
「こんやく!」
「わかったってば。ほんと、かわいいなー」
苦笑し、妹の顔に頬を擦り合わせた。




