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魔術師たちよ  作者: 八神あき
二幕 ショルツ邸にて
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魔術対体術

 ノンは森の中を走っていた。

 見るまに屋敷が遠ざかっていく。


 一網打尽になることを避けるため、逃げる時はバラバラでと決めていた。

 ひとり、脱出経路を走る。


 背後から風切り音。

 身をかがめて避ける。頭上をナイフをかすめていった。


 避けたことで、わずかに減速することになる。それで追いつかれた。

 接触する直前、少しでも有利な体制で迎え撃つために振り返った。


 メイド服姿のホムンクルス、リリアだ。

 アルフレッドのお付き。

 ここでリリアが来たということは、アルフレッド本人は動けない状況にあるのだろう。


 彼我の距離は一足一刀。

 ノンは後の先を取ろうと相手の予備動作を見極める。


 消えた。

 リリアがいなくなった。


 ぞっと背筋に冷たいものが走り、次の瞬間には組み伏せられていた。

「抵抗しないでください。折りますよ」

 事務的な口調。背中で捻りあげられた腕がミシミシと音を立てる。


「……アルフレッドは無事なのかしら?」

「でなければ殺しています。こんな生ぬるいやり方ではなく」

 キレている。口調は静かだが、ところどころ怒気が滲み出ていた。


 ノンは関節を微かに動かし、拘束の緩みを探る。

 だがリリアは、ノンの微細な動きを封じるかのように力の入れ具合を変えてくる。万力のように強く、ぴたりとついて離れない。

「魔術師側にも協力者がいますね。ショルツ家は確定でしょうが、情報を流すには宮廷内にも必要でしょう」

「やー、私クレアと違って頭は悪いからさ。覚えてないんだよね」

「ひとつ言っておきますが、助けは来ませんよ」

 ノンの思考を読んだかのように、冷然とした口調でつげる。


 はったりだ。仲間はまだ大勢いる。屋敷に突入した40人、退路を確保していた15人。

 50人以上、その中には身体能力特化型も多い。屋敷にいたリリアが、自分に追いつくまでの時間で全員を始末することなど不可能。


 だがその希望は、次の言葉で完全に断ち切られる。

「私の名はリリア・シュディック。あなたがたが大好きなシュディック家最後のひとり。わかりますか?」

「…………うそ」

「魔道具を破壊したのは私です。十人足らずの守りでは薄すぎましたね」

 本当なら、百人いたって無意味だ。


 かつて、シュディック家は魔術師に対する反乱を起こした。

 シュディックの成人は80人。鎮圧に向かった魔術師は、2千人。

 結果は相打ち。差し違えたとはいえ、魔法の使えないホムンクルスが、25倍の魔術師と渡り合ったのだ。


 魔術師にとっての悪夢。

 ホムンクルスにとっての伝説。


 その伝説の生き残りが魔術師側にいたのなら、最初から勝ち目などない。

 歯を食いしばる、唇から血が流れる。

 抵抗の意思は消え、ただ疑問だけが残った。

「……なぜ、そっち側にいるの? 他ならないあなたが」

「私はアルフレッドさまにお仕えしているので」

「種族を敵にして、一族を殺されて、魔術師の子供に?」

「ええ。そろそろ教えてもらいましょうか。内通者はだれです」


 沈黙。

 ノンは迷う。


 今、勝ち目はない。絶望的だ。

 けれど、未来は違う。


「そうですか。獄吏が私より優しいとは思えませんが」

 リリアはノンを拘束したまま立ち上がらせる。

 引き渡しのため、騎士団のいる方角へと足を向けた、そのとき。


「ノン!!」


 紅の光が、木々を貫いてくる。

 リリアは飛び退いて炎を避けた。


 着地すると同時、目の前に学生服の少女が立つ。

 リサ・トウドウ。ノンをリリアが捕まえているという状況に戸惑いながらも、両手に炎を湛え、リリアへと向ける。

「リリアさん……。ノンを離して」

「犯罪者です。騎士団のあなたにとっては敵でしょう」


 リサはノンの顔を見る。たしかにノンはテロを起こした。リサ自身の身も危うくなった。

 けれど、それでも——

「見捨てられないでしょ、友達だし!」


 炎を放つ。打つ直前、わずかに手を動かして足を狙った。

「甘いですね」

 リリアは最小限の動作で避けると、ノンを抱えたままリサに接近。ローキックを放つ。


 砲台になっていたリサは避けるのが遅れた。魔力で強化されているはずなのに鈍痛が走る。

「くっ」

 怯んだ好きにリリアが猛追をかけてくる。


 速い。

 肉体の強度も、物理的なスピードも上。まして相手は人を抱えている。

 それなのにリサは後手に回っていた。技量に差がありすぎる。


 炎を操り地面を溶かした。土はマグマとなって人間を飲み込もうとする。

 リリアは足が燃えるより早く飛び上がり、リサの腹を蹴った。反作用でマグマの外まで逃れる。


「えほっ! っつぅ……」

 リサは腹を押さえながらも三つの炎弾を飛ばした。三方からリリアを襲う。


 リリアがさらに下がったのに合わせて、全力で駆けた。相手の背後に回る。

 リリアが振り向いた瞬間、目の前で炎を炸裂させた。直撃は免れるも、光で網膜を焼かれる。


 その瞬間、ノンはリリアから逃れようとした。それを抑えるため、動きがとまる。

 リサはありったけの魔力で体を強化する。筋力の増加に関節が軋みをあげ、魔力の流れで生じた熱が身を焦がす。

「くっ、そ、だらあああああ!!!」

 明滅する視界を気合いで定め、リリアに襲いかかった。

 片手しか使えないリリアは、捌ききれない。


 リサはリリアの腹に前げりを入れる。そのまま体重をかけて跳ね上がり、逆足でリリアの顔面を狙った。

 リリアは左手で受ける。それと同時に炎を放った。肩に命中。力が緩んだ瞬間、ノンが飛び出した。


 リサは空中でノンの手を掴むと、リリアとの間に炎の壁を生み出す。

 そして、脱兎のごとく逃げ出した。


 炎が消えると、二人の姿は消えていた。

「逃げられましたね」

 服に燃え移っていた炎を消し、屋敷へ引き返した。

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