魔術対体術
ノンは森の中を走っていた。
見るまに屋敷が遠ざかっていく。
一網打尽になることを避けるため、逃げる時はバラバラでと決めていた。
ひとり、脱出経路を走る。
背後から風切り音。
身をかがめて避ける。頭上をナイフをかすめていった。
避けたことで、わずかに減速することになる。それで追いつかれた。
接触する直前、少しでも有利な体制で迎え撃つために振り返った。
メイド服姿のホムンクルス、リリアだ。
アルフレッドのお付き。
ここでリリアが来たということは、アルフレッド本人は動けない状況にあるのだろう。
彼我の距離は一足一刀。
ノンは後の先を取ろうと相手の予備動作を見極める。
消えた。
リリアがいなくなった。
ぞっと背筋に冷たいものが走り、次の瞬間には組み伏せられていた。
「抵抗しないでください。折りますよ」
事務的な口調。背中で捻りあげられた腕がミシミシと音を立てる。
「……アルフレッドは無事なのかしら?」
「でなければ殺しています。こんな生ぬるいやり方ではなく」
キレている。口調は静かだが、ところどころ怒気が滲み出ていた。
ノンは関節を微かに動かし、拘束の緩みを探る。
だがリリアは、ノンの微細な動きを封じるかのように力の入れ具合を変えてくる。万力のように強く、ぴたりとついて離れない。
「魔術師側にも協力者がいますね。ショルツ家は確定でしょうが、情報を流すには宮廷内にも必要でしょう」
「やー、私クレアと違って頭は悪いからさ。覚えてないんだよね」
「ひとつ言っておきますが、助けは来ませんよ」
ノンの思考を読んだかのように、冷然とした口調でつげる。
はったりだ。仲間はまだ大勢いる。屋敷に突入した40人、退路を確保していた15人。
50人以上、その中には身体能力特化型も多い。屋敷にいたリリアが、自分に追いつくまでの時間で全員を始末することなど不可能。
だがその希望は、次の言葉で完全に断ち切られる。
「私の名はリリア・シュディック。あなたがたが大好きなシュディック家最後のひとり。わかりますか?」
「…………うそ」
「魔道具を破壊したのは私です。十人足らずの守りでは薄すぎましたね」
本当なら、百人いたって無意味だ。
かつて、シュディック家は魔術師に対する反乱を起こした。
シュディックの成人は80人。鎮圧に向かった魔術師は、2千人。
結果は相打ち。差し違えたとはいえ、魔法の使えないホムンクルスが、25倍の魔術師と渡り合ったのだ。
魔術師にとっての悪夢。
ホムンクルスにとっての伝説。
その伝説の生き残りが魔術師側にいたのなら、最初から勝ち目などない。
歯を食いしばる、唇から血が流れる。
抵抗の意思は消え、ただ疑問だけが残った。
「……なぜ、そっち側にいるの? 他ならないあなたが」
「私はアルフレッドさまにお仕えしているので」
「種族を敵にして、一族を殺されて、魔術師の子供に?」
「ええ。そろそろ教えてもらいましょうか。内通者はだれです」
沈黙。
ノンは迷う。
今、勝ち目はない。絶望的だ。
けれど、未来は違う。
「そうですか。獄吏が私より優しいとは思えませんが」
リリアはノンを拘束したまま立ち上がらせる。
引き渡しのため、騎士団のいる方角へと足を向けた、そのとき。
「ノン!!」
紅の光が、木々を貫いてくる。
リリアは飛び退いて炎を避けた。
着地すると同時、目の前に学生服の少女が立つ。
リサ・トウドウ。ノンをリリアが捕まえているという状況に戸惑いながらも、両手に炎を湛え、リリアへと向ける。
「リリアさん……。ノンを離して」
「犯罪者です。騎士団のあなたにとっては敵でしょう」
リサはノンの顔を見る。たしかにノンはテロを起こした。リサ自身の身も危うくなった。
けれど、それでも——
「見捨てられないでしょ、友達だし!」
炎を放つ。打つ直前、わずかに手を動かして足を狙った。
「甘いですね」
リリアは最小限の動作で避けると、ノンを抱えたままリサに接近。ローキックを放つ。
砲台になっていたリサは避けるのが遅れた。魔力で強化されているはずなのに鈍痛が走る。
「くっ」
怯んだ好きにリリアが猛追をかけてくる。
速い。
肉体の強度も、物理的なスピードも上。まして相手は人を抱えている。
それなのにリサは後手に回っていた。技量に差がありすぎる。
炎を操り地面を溶かした。土はマグマとなって人間を飲み込もうとする。
リリアは足が燃えるより早く飛び上がり、リサの腹を蹴った。反作用でマグマの外まで逃れる。
「えほっ! っつぅ……」
リサは腹を押さえながらも三つの炎弾を飛ばした。三方からリリアを襲う。
リリアがさらに下がったのに合わせて、全力で駆けた。相手の背後に回る。
リリアが振り向いた瞬間、目の前で炎を炸裂させた。直撃は免れるも、光で網膜を焼かれる。
その瞬間、ノンはリリアから逃れようとした。それを抑えるため、動きがとまる。
リサはありったけの魔力で体を強化する。筋力の増加に関節が軋みをあげ、魔力の流れで生じた熱が身を焦がす。
「くっ、そ、だらあああああ!!!」
明滅する視界を気合いで定め、リリアに襲いかかった。
片手しか使えないリリアは、捌ききれない。
リサはリリアの腹に前げりを入れる。そのまま体重をかけて跳ね上がり、逆足でリリアの顔面を狙った。
リリアは左手で受ける。それと同時に炎を放った。肩に命中。力が緩んだ瞬間、ノンが飛び出した。
リサは空中でノンの手を掴むと、リリアとの間に炎の壁を生み出す。
そして、脱兎のごとく逃げ出した。
炎が消えると、二人の姿は消えていた。
「逃げられましたね」
服に燃え移っていた炎を消し、屋敷へ引き返した。




