送還の魔法
ダンは岩を砕き、槍を作る。
「意外と器用ね」
「僕だって魔術師だからね。そっちの準備は?」
ルウは結界で学園一帯を覆い、中を調べていた。
通常の探知魔法よりも精度は高いが、大量の魔力を消費する。
「上々よ。ただ、これで魔力も脳みそも使えなくなるから、ぜっっっったいに敵はこっちによこさないでね」
「約束しよう」
「あー、もう、ほんとしんどい! おりゃ!!」
ルウはもうひとつ結界を張る。細長い管状の結界だ。
ダンのいる位置から学園中心部の真上まで続いている。槍の通り道だ。
「あれの範囲内に入ると結界も破れるのかい?」
「ええ。けど、魔道具自体に強度はないでしょうから、真上まで誘導できればあとは大丈夫よ」
ダンは肩回りをストレッチし、槍を構える。結界の起点に槍を合わせた。
そして、全力の投擲。
全身の筋肉を使い槍を加速し、投げた。
衝撃波が木々を揺らす。槍の先端が空気を押しつぶし、プラズマが発生。白い光を帯びる。
光の槍は結界の中を滑り、目標の真上まで来た。結界の端点を通りぬけ、重力さえも味方につけて地上へと落ちる。
槍は学園の中心にある塔を貫き、破壊し、地下まで到達。
設置されていた魔道具を破壊した。
術式を阻害する魔力の爆発が消える。
その瞬間、ルウは結界内のすべてを知覚する。
「うっ、なに、これ……!」
さっきまでは、疲弊はしていても笑える余裕があった。
その余裕が消える。
学園の中は、地獄だった。
魔法を使えない生徒はホムンクルスの敵ではない。一方的な殺戮になる。
内臓を飛び散らす死体。首を刎ねられた死体。瓦礫の下で圧死する死体。
2208の死体と、394の生き残りと、265のホムンクルス。
すべての情報が脳に注ぎ込まれる。
同時に、ダンもそれを知覚した。テレパシーを応用し、知覚を共有していたからだ。
「これは……ひどいな」
「お……うええ……っ」
ルウは内容物のない胃液を吐き出す。魔力は突き、頭も回らない。
「よくがんばった。あとは休んでいてくれ。……敵はひとりも近づかせない」
ダンは、走り出す。
城壁を破壊し、中へ。目の前に出てきたホムンクルスを殴った。頭部は吹っ飛んでいく。
瞬きするほどの時間で、城壁の前にいたホムンクルス4人を肉塊に変えた。
(君たちにも事情はあるのだろうか……加減する余裕はないっ!)
ダンは止まることなく次の敵へと向かった。
ーーーーーーーーーー
ファナは激しい痛みで目を覚ました。
記憶が曖昧だ。今どこにいるのかわからない。
何をしていたのか、必死に思い出そうとする。
学園を出て、父に殺されそうになって、そして……。
殺した。悪魔に身をゆだね、父を殺した。この手で、この体で。
その先はわからない。完全に意識を乗っ取られた。
なら、なぜ今自分は起きている?
だんだんと体の感覚が蘇ってくる。
固い床に寝ている。ごろごろした石が背中に突き刺さっている。そして、声が聞こえる。
「……いっ! …先輩!」
「………………く、れあ……?」
声の主は、クレアだった。泣きながらファナの体を揺すっている。
「なん、ですの? なぜ、泣いてますの?」
「だって……だって、先輩が、ファナ先輩、怪我だらけで、急に壁壊して飛んでくるし。魔法が使えなくなって、みんな殺されて……私、ホムンクルスだからって言われて、ここに閉じ込められて」
「よくわかりませんが。……つらかったのね」
頭をなでる。クレアは驚いてファナの手を取り、強く握った。
「でも、それよりファナ先輩こそ、どうしたんですか?」
「魔術の進歩に伴う痛みですわ」
「危険な実験ダメって言ったじゃないですか」
「そう、ですわね……ごめんなさい。……私にも事情がったのよ」
「じゃあ教えてくださいよ! そしたら一緒に考えました。ファナ先輩もアルフレッド君もリサも、なんでみんな大事なことは言わないんですか!? プライド高い人の気持ちって、わかんないです……」
「怖いのよ。弱みを見せるのが。……つけこむ隙を狙う人ばかりだったから」
自嘲して笑うファナを、抱きしめた。
「なんでみんなそんな生き方ばっかり……いいじゃないですか、サボっても。弱くても。それで憎んだりしません」
「ええ、そうね。……その通りよ。バカなのよ、私も、アルフレッドも。賢いのはあなただけね」
「急に褒めないでください……」
「今私、珍しく弱気ですの」
「見ればわかります」
「ねえ、クレア。……私ね」
ファナが言いよどんだ直後、轟音が鳴り響いた。
隕石でも落ちたような衝撃。建物が震える。
「え!? な、なにこれ!?」
クレアはファナを守るように抱きしめる。
「っああ!」
「あ、ご、ごめんなさい! 痛かったですか!?」
ファナが苦悶の叫びをあげる。首を振り、クレアを突き飛ばした。
「……逃げて! 離れて、お願い!」
「どうしたんですか!?」
「あいつよ、またあいつが、目覚めた……! 離れろ!!」
暴れるファナを抱きしめる。
細い腕に力を込めて、必死に抑え込む。
「なにが起きてるのかわかりません、けど! 離れたくないです! ひとりにしたくない! 今までずっとひとりだったんでしょう!?」
ファナの意識がかき乱される。
名門貴族に生まれ、幼いころから競争にさらされてきた。
落ちこぼれが詰め込まれた小屋を見せられ、恐怖を植え付けられた。
親に、家に見放されるのが怖くて、ずっと努力してきた。他人を蹴落とすこともいとわずに。
なのにクレアは泣いてくれる。こんな自分のために、悲しんでくれる。
ファナの感傷などおかまいなしに、悪魔は息を吹き返し、ファナの心を深海へと引き込んでいく。
ファナは、送還の呪文を唱えた。悪魔を魔界へと強制的に帰す呪文。
悪魔が抵抗し、ファナの意識を奪おうとする。
消えかかる意識を、クレアの声が、抱きしめられる感覚が、繋いでくれる。
呪文を唱えるにつれ、怖くなってきた。
悪魔を追い出せば、魔力も失う。自分の魔力を捨てた以上、もう二度と魔法は使えない。
魔法を捨てる。それは、今までの自分すべてを捨てることだ。
けれど、呪文を唱え続ける。
今までの全部より、大事なものができてしまったから。
これさえあれば他には何もいらないと思ってしまったから。
最後の一節が終わる。
悪魔がファナの体にしがみつこうとするが、悪あがきにすぎない。魔界から伸びた腕が悪魔を連れ去っていく。
頬に一筋の涙が伝う。
「……クレア、大好き」
気力の糸が切れ、意識を失った。
後悔はなかった。




