ルウ・ルグラン
ルグラン家は結界魔法の大家。
結界魔法は特殊な技法ゆえ、現代魔法理論の外側にある。修得難易度も高く、ルグラン家の人間は生涯を結界魔法のみにささげることで高い水準を保っている。
魔道学園二年生のルウ・ルグランもまた、結界魔法のみで上位生にまで上り詰めた。
近接戦闘は全くできない。もちろん試合にも出ていない。
だから、校長のエルランから悪魔退治を命じられた時は驚いたし、全力で拒否した。
「無理ですよ! 無理無理無理!! 死にますよ、絶対!」
「あなたが戦うわけじゃないわ。あくまでダンのサポート」
「それ私の仕事じゃないですよね!? 騎士団がやればいいじゃないですか。ていうかニーナ先輩ならひとりで瞬殺ですよ」
「エザルカ家は国内での武力行使を禁じられてるの、知ってるでしょう?」
「じゃあ騎士団でゴーですよ」
「相手はファナ・ドゥーランの肉体を乗っ取ったレベル11の悪魔。並の魔術師を送り込んでも被害が大きくなるだけよ」
「だからって……」
「あなたとダンなら確実に解決できる」
「解決って……ああ、ファナは殺さずにってことですか」
理解が早くて助かる、エルランはにっこりとうなずく。
「まあ、できなくはないと思いますけど、実物を見ないことには……。生体術式が神経系と癒着してる状態なんて見たことないですし」
「あなたにできないなら諦めるしかないわね」
「うう……わかりましたよお……」
そうして出てきたはいいものの、愛用の車椅子での移動中、学園との通信が途絶えた。
不審に思いながらも標的が見つかったので結界を構築。ダンと悪魔inファナの戦いが始まると、ギミーとの会話を再会。詳しい状況を聞いた。
「テロって……魔術の無効化? ホムンクルスたち……」
聞いた情報から、全体像を推測。さらに敵の狙いを考える。
(パーティには王と大臣クラスたちが集まってた。それと治安維持部隊の第一連隊、騎士団の主力……皆殺しにすれば政治機能は麻痺するし武力も削げる。魔術の無効化が可能なら……学園も襲撃して魔術師を皆殺しにすればあとは各地を守る治安維持部隊だけ。……学園との連絡がつかないのってもしかして)
「ギミー、聞こえる?」
テレパシーを飛ばしても、繋がらない。
そのときになってようやく気づく。周囲を奇妙なもので囲まれている。
身を守る結界の周りを、黒い円形の何かが、取り巻いていていた。世界の光を飲み込む、暗い穴。
「魔界との界面? って、まさか!?」
思い至ると同時、魔界との扉が開く。
ルウは結界の条件を変更。とにかく硬く、魔力からの影響を受けつけない最高強度の結界に構築しなおす。
ルウは結界もろとも、魔界へと飲み込まれた。
棺桶サイズの結界が、真っ暗闇の空間に放り出される。
周囲には何もない。凄まじい魔力の奔流を想像していたが、むしろ濃度は薄い。
車椅子から体が浮く。亜麻色の長い髪の重みも消えた。
「重力もないのね……」
ルウは結界の外に目を向ける。無明の闇、どこまでもただ、闇が続いている。
ルウは恐怖に身慄いした。
「これ、……どうなるの?」
結界はまだ持ってくれている。結界を分解しようとする力が働いているが、それほど強いものでもない。魔力が持つ限り死ぬことはないだろう。
じゃあ、魔力が尽きたら? いや、それより先に空気がなくなる。
そのことに気づいた途端、息苦しくなる。肺は暑くなり、呼吸が乱れる。
「お、落ち着きなさい! 私! 大丈夫……大丈夫のはずよ……。冷静にならないと」
呼吸を落ち着かせ、解決の糸口を考える。
まずは酸素。これは結界の条件を弄ればいい。
内側の結界を分離させ、植物の同化現象を模倣させる。本来なら光が果たすエネルギー源は魔力で代替。これで窒息死はしない。
次は魔力の消費だ。今、結界に働いているのは分解を促す力のみ。なら、硬さは捨ててそれだけを弾く。これで魔力の消費は抑えられる。
今の出力を保ったままならどれくらい持つか、それを考え、なぜか笑ってしまった。
「ははっ……これ、気が狂うほうが先かもね」
魔界は魔素の海と表現される世界。この世界とは違う、悪魔たちの生まれ出でる根源。
魔界に来た人間なんてルウが初めてだろう。記録を持って帰れば学会でスターになれるかもしれない。
(落ち着け、落ち着くのよ私。……もとの世界との位置関係さえわかれば……)
ルグラン家は、結界の基点をいくつか常設してある。それに意識を向けると…………。
(見つからないわね……。空間の連続性は途切れてるのか)
「召喚魔法、覚えてればなあ……」
だが、本来魔法とはひとつの体系に生涯を捧げるもの。ルイ・エザルカの創った現代魔法理論により、複数の体系を習得することが容易となったが、結界魔法は特殊すぎた。
取りこぼされた魔法、それがルグラン家の魔法。
「って、ないものねだりしても仕方ないわね」
ルウは首を振り、ポケットに手を伸ばす。
メンタルがやられた時の特効薬を使う時が来た。これで一度、弱気を取り除いて流れを変えよう。
どれだけ弱った時でも一撃で心を癒してくれる劇薬。
それはたったひとつしかない。
推しだ。
ポケットから写真入りのペンダントを引き抜こうとしたとき――
――光があった。
魔界の海に、ぽっかりと開いた穴。そこから光が漏れ出している。
推しの尊さに後光が差したのかと思ったが、たぶん召喚魔法でもとの世界と繋がった穴だ。
「…………って、うおおおおおお!!!! 帰り道ぃぃいいいい!!!!」
扉には魔界の成分が吸い込まれ、外に出ていく。おそらく呼び出した悪魔の魔力だ。出ていってしまえば穴は閉じる。
「いや、これどうやって動くの!?」
魔界には地面もなければ空気もない。移動手段がない。
刹那の逡巡。解決策が閃く。
結界の範囲を拡張。ゲートまで覆う。
そして、収縮。結界の縁に押され、ゲートがぐんぐん近づいてくる。そして——
「飛び出たあああああ!」
見慣れた太陽と地面。
すぐ目の前には召喚されたばかりの悪魔。それを挟んで向き合う、ダンとファナ。
重力を失い空中に浮かぶダンを見て、ルウは思い出す。
「あ、仕事しなきゃ」
重力操作を禁じ、悪魔を閉じ込める結界を構築。今度は飛び回れないように、身長すれすれの高さ。
ダンが地面に降り立ち、悪魔をぶっ飛ばした。




