無邪気な悪魔
レベル13以下の魔力生命体は自我を持たない。
外界からの刺激に特定の反応を返すだけの存在。ときとして暴走し、魔術師を害することもある。それゆえ、人間はそこに自由意志を見出すが、そんなものは存在しない。扱いは難しくとも魔力生命体はゴーレムと同じ、無機質な存在だ。
ファナの肉体を支配した悪魔・レブルットにも、意識は存在しなかった。
だが、人間の脳との同化が進むにつれ、生体術式は変容。自我が芽生え、世界から隔絶された個として誕生した。
レブルットは学んだ。ファナの体の中で覚醒とも眠りともつかない状態で、外の世界を見、ファナの記憶を吸収し、反論と再構築を繰り返すことで、強固な自我を確立した。
そしてファナの体を乗っ取ることで、物理的な個体を手にした。
二度目の誕生直後はよかった。ただ目の前にいる老人(宿主の苦痛は共有される)を、憎しみのままに殺し、屋敷に張られた結界を破壊した。
そうして、途方に暮れた。
何をすればいいのだろう。
何かしなければという、炎にも似た焦燥はある。宿主のファナの影響で好奇心が強く、プライドが高く、自身の能力を示すことに貪欲なのだ。
レブルットは自身のものとなった体を見下ろす。華奢で、頼りない肉体。大地に縛られ、衣服という布に包まれ、恒常性を保つために無数の化学反応が行われている。
空を見上げた。青く、うっすらと雲が伸び、遥か下にいる自分を見下ろしている。木々は太陽を目指して伸び、翼を持った生き物は空を駆ける。
知りたい、この世界を。
試したい、自分の力を。
だから、レブルットは生体術式の歯車を回す。異界への接点を通して魔力を吸い上げる。
サイコキネシスを使い、自分の体をゆっくりと持ち上げた。
足が地面から浮く。バランスを崩しかける。
「おっと。存外難しいな」
それでも、空は少しだけ近づいた。
「慣れは必要か。怪我をしても即死でなければどうとでもなる……。少し、遊ぶか」
空を駆けた。
大地すれすれを飛び、木々の間をすり抜ける。ぶつかって体が壊れても肉体の情報は保存しているので、構成粒子の相互関係をリセットさせれば元通りだ。
何度も何度も失敗し、やがて感覚を掴んで、森を飛び出した。
高度をあげる。太陽に手を伸ばす。届かないことは、ファナの知識から知っている。
眼下には人間たちの作った街。似通った色の屋根と、幾何学模様を描く道。郊外では自然と人為がせめぎ合っている。拡散しようとする自然と、秩序を維持しようとする人間。熱力学的平衡という涅槃を拒み続け、他の生物がなし得なかった文明を生み出した、異形の生物。
「あははっ! 面白い!」
異界との接点を膨らませ、魔力の生成速度を加速させる。
拡張したサイコキネシスで、重力を反転させる。
人が、馬が、家が、浮かび上がる。重ければ重いほど、強い浮力を得て空へと解き放たれる。
そして、重力を戻した。
落ちる。自然の法則に従ってバラバラと、家が、馬が、人が落ちる。破壊の雨が降り注ぐ。
ただまっすぐに落とす、空中で掻き回してから落とす、ありとあらゆる方向に、落とし、叩きつけ、投げ飛ばす。
「あはははははは! 愉快! 愉快だ!!!」
楽しい。力を使うことが、外界を自我に従属させることが。
思うままに飛び、壊し、何も無くなったら別の場所へ行く。無邪気に、なんの悪意もなく、ただ楽しいから力を使う。
向かってくる魔術師もいたが、ほんの少し出力を上げれば消し飛んでいく。それもまた愉悦に油を注いでくれた。
もっと力を見せつけたい。
次なる遊び相手を求め、荒野と化した街から飛び立った直後、見えない壁にぶつかった。
頭部を損傷し、体の制御を失う。すぐに再生して着地。
行く手には何もない、何も感じられない。それでも確かに移動を妨げる何かがある。
結界、だがそれにしては奇妙だ。探知魔法を使っても何も見つけられない。
奇妙に思いながらも見えない壁に触れる。それは街と外の境界線上にある。硬くはないが、どれだけ押し込んでも撥ね返される。
ファナの記憶を調べはじめたときだ。
壁の外から、何かが飛び込んできた。
魔術師だった。
強固な肉体、高い魔力を筋繊維と寸分の狂いなく同調させ、爆発的なパワーを生み出している。
序列九位、身体強化の達人、ダン・ウェイドだ。
ダンは全速力のタックルでファナを突き飛ばした。
ファナは街の中央まで吹き飛ばされる。肉体は破壊と再生を繰り返し、最後には再生速度が上回った。
完治した肉体で立ち上がり、相手を見据えた。
「お前も遊んでくれるのか?」
問うと、ダンはまっすぐに視線を返してくる。
「ああ。その体から出ていくつもりはないんだろう?」
「貴様の体をくれるなら考えてやらんでもないぞ」
「残念だが、筋肉を手放すことはできないな」
「いずれ朽ちる肉体に何をこだわる」
「ニヒリズムに浸るのは性に合わなくてね。生ある限り究極の肉体を追い求め続ける、それが僕さ」




