意地
リサが稼げた時間は微々たるものだった。
数人が逃げたところで、後ろからホムンクルスに頭を殴られた。
脳が揺れ、立てなくなる。ろくに動けない。
殺される。そのことに大した感慨はなかった。なんせ一度死んでいるのだ。
リサは担がれ、部屋の中央に投げ出される。
倒れて動けないリサの前に、だれかがやってきた。
揺らぐ視界の中、足もとだけが見える。
「大丈夫?」
聞いたことのある声。
声の主は膝をつき、リサを抱き起した。
「……ノン?」
「そうだよ。驚いた?」
赤毛のサイドテール、小さな体。
魔道学園に在籍する、数少ないホムンクルスのひとり。
「……殺さないの?」
「うーん……そりゃ、リサが魔術師サイドにいると大戦力だけどさ。うちに来てくれるなら大歓迎」
「あたし、ホムンクルスじゃないよ」
「知ってる。けどこの世界の人間でもないでしょ。ぜひ仲間に欲しいなーって。個人的にもリサのことは好きだし」
「あたしもノンのことは好きだよ……。けど、仲間になるのは無理かな」
「じゃあ殺さなきゃいけないかも」
リサは肩をすくめ、目を閉じる。
無抵抗な姿を見て、ノンはわずかに戸惑う。
しかし感情を押し殺し、短剣を抜いた。
「……デート、楽しかったよ」
そのとき、爆音とともに壁が崩れた。
漆喰が飛び散り、煙で周囲が見えなくなる。煙が晴れると、ぼっかりと穴。しかも廊下を挟んだ向かいの壁も壊れており、そのまま外へ続いている。
「や、やった! 逃げられる、逃げられるぞ!!」
だれかが叫んだ。それを合図に、生き残っていた人たちが壁に向かって殺到する。
ホムンクルスたちはそれを追った。それを見て、ノンが新たな指示を飛ばす。
「テッド、バラグス、穴を守れ! ほかの入口はすべてひとりでいい。魔術師を殺すことより配置を取り直すことを優先しろ! リュディ、グロスは廊下に出て偵察を!」
それまで逃げる人々を追っていたホムンクルスは動きをとめ、ノンの指示に従う。
リサはようやく焦点が定まって来た。ノンの注意が別のところを向いているのを確かめる。
走るのは無理そうだが、ゆっくりなら動ける。
思ったより回復が早い。脳震盪の症状は続いているが、それにしては体が軽い。
もしかしてと思い、手のひらに魔力を集める。小さな炎が灯った。
魔法が使える。
紅の閃光が、逃げ道を塞いでいたホムンクルスを撃ち抜く。もうひとりに狙いを定めたとき、ノンが割って入った。
リサの動きがとまる。
「無理しないほうがいいよ。魔法じゃ脳震盪は治らないでしょ?」
それから、ホムンクルスたちに向きなおる。
「作戦の続行要件が崩れた。引き上げるぞ」
ホムンクルスたちはそれぞれ近くの扉から離脱。
ノンはリサのもとに戻る。リサは身構えるも、まだうまく動けない。かといって魔法では加減が難しい。
リサが動けないでいると、額にキスされた。意味がわからず、ノンを見上げる。
「学園に潜入するとか、クソだるいって思ってたけどさー……。リサと会ってからは楽しかったよ。……じゃあね」
そして、仲間たちのあとを追った。
ノンの無防備な背中。リサに攻撃される可能性など考えてもいない。
「あー、もー……くそ、あたし弱すぎでしょ……!」
無力感に襲われる。
圧倒的な魔力など持ったところで、所詮は与えられた力。自分自身は何も成長していない。
リサは四肢に力を込め、立ち上がる。まだ平衡感覚はおかしいまま。吐き気もする。
格闘技をやっていた身だ。今動けば危ないことくらいわかる。
それでもリサは踏み出す。もう見えなくなったノンの後ろ姿を睨み、前へ。




