なりそこない
クレアとリサは廊下を歩いていた。
戦闘でこわばった体をほぐすため、リサが伸びをする。
「っあー、疲れたー」
「お疲れさま。リサって、魔術は村で習ったんだっけ?」
「そうだよー。それがどうしたの?」
「学園以外にも偉大な魔術師はいるんだなって。えっと、資料室のことは聞いてる?」
「あー、そういや説明されたような、されなかったような?」
あいまいな返事に、クレアは苦笑する。
「適当ですね。試合のあとは資料室に行くんです。…まあ、すぐ使えるかはわかりませんけど」
「よくわかんないけど、クレアが言うならそうする」
リサは眠たげに目をこすりながらクレアのあとをついていく。子供みたいな姿に、クレアはまた笑ってしまった。
「……試合中はかっこよかったのに」
「んー、なにー?」
「なんでもありません」
クレアはリサの手を引き、資料室へ向かった。
廊下を歩くことしばし。
資料室に到着。巨大な扉をくぐると、中には無数の本棚が並んでいた。
部屋に入ってもクレアは歩みを止めず、人が群がる一角へと進む。
「やっぱり人多いなー。けっこう待つかも」
「なにするの?」
リサは言って、クレアの視線の先を追った。
壁にいくつかのドアが並んでいる。入口と違って横幅1メートルほどの、小さなドアだ。
ドアの横にはガラスのパネルがあり、文字が表示されている。リサの位置からは何が書かれているのかまでは読めない。
生徒たちは扉の周囲に並び、何人かはパネルを操作していた。
「あの部屋では練習用の仮想空間にアクセスできるの。練習だけじゃなくて、過去の試合のデータを見たりもできて」
クレアの説明を聞きながらも、リサは群衆に視線を向けていた。
手持無沙汰にしていた男子生徒がこちらに気づく。冷笑を浮かべ、仲間内でひそひそ話をはじめた。ひとりがこちらに声をかける。
「魔力のないやつがなんの用だ、ミス・なりそこない」
周りの男子生徒たちがげらげらと笑う。
「えっと、私じゃなくて、リサが」
クレアが言い返すと、男子生徒らは顔を見合わせる。
「だれだ?」
「さあ、転入生じゃないか?」
「ああ、それでスフィアに」
身内同士の会話で結論を出す。
「新人が試合なんて見返したって無駄だろ。見てわかる通りつかえてるんだ。スフィアを使うならもっと基礎をつけてからにしな」
「基礎をつけてからって、どのくらい?」
リサが言う。それまで黙っていたリサに聞き返され、男子生徒は眉をひそめた。
「さあな。少なくとも、真ん中より上になってからだな」
「ふーん。じゃあ、あなたたちは真ん中より上なんだ」
「ああ、そうさ。お友達にするなら、そこのなりそこないなんかじゃなくて、もっと順位が上の人間にしたほうがいいぞ」
「俺たちみたいな」
別の生徒が野次を飛ばし、また笑う。
「そうなんだ。優秀なんだ、あなたたち」
「まあ、それなりにな」
「アルフレッドより?」
その名を口にした瞬間、笑い声はぴたりとやむ。
「君らはアルフレッドに勝てるの?」
生徒らはまた仲間内での会話をはじめる。
「なんで知ってるんだ?」
「たしか、歓迎試合に出たってだれか言ってた」
「そうか、それで…」
話がまとまると、再びリサのほうを向く。
「学園のレベルも落ちたもんだよな。転入生相手に学年最強のカードをきらなきゃいけないなんて」
どうやら試合の結果は知らないらしい。
だから、リサは言ってやった。
「強かったよ、すっごく」
「だろうな」
「危うく負けるかと思った」
リサの言葉に、彼らは驚愕の表情を浮かべる。信じられない、嘘に決まっている。そう結論付けて、顔に皮肉な笑みを張り付けた。
「あまり虚栄を張らないほうがいい。すぐばれるんだから」
「そ。じゃあ今の内にでかい態度とっといたほうがいいわね」
舌打ち。
男子生徒がずかずかと向かって来る。
「消えろよ」
突き飛ばそうとしたが、以外にもリサは力が強く、微動だにしない。
さらに力を入れて肩をつかみ、引き寄せようとした。リサはその瞬間に相手の腕をとり、後ろに投げ飛ばした。
「なっ!? 野郎!」
別の男子生徒が殴りかかってくる。リサはかわすと、拳を作り、「やめた」と首を振った。殴る代わりに軽く鼻をはたく。
「来て早々すごい人と戦って気持ちよかったんだけど。魔道学園って言っても生徒はピンキリなのね」
冷めきった視線を向ける。すぐに振り返り、柔らかい笑みを浮かべてクレアの手をとった。
「行こ」
男子生徒たちが陣取っていたパネルの前まえまで来る。クレアは迷いながらもパネルを操作。
「予約、はできたけど」
「お、できた?」
「うん。……けど207番目。今日中には回ってこないね」