ドゥーラン家
ファナはひとり、馬車に揺られていた。
革張りのソファに身を沈める。窓から見る外は雨。
今頃、クレアは学園で試験を受けていることだろう。
車体を引いているのはレベル3の下級悪魔。ファナ自身が召喚したため御者はおらず、警備の人間もいない。
周囲は飛行型の悪魔三体に哨戒させている。知覚能力に特化した悪魔も見張りにつけているので、人間に守らせるよりはるかに安全だ。
なのにどうしてか、ファナの心は晴れなかった。
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雨の向こうに巨大な屋敷が聳え立つ。
二重の結界、無数の悪魔に守られた孤城。
レベルの高い魔術師を多く輩出し、王家すら容易には手出しできない存在。
ドゥーラン家の人間はほとんどが王立魔導学園に通い、そのほとんどが一位に君臨していた。
もっとも、一位になれるのはその期にエザルカがいなければの話。
だからファナは二位で満足していたし、家から咎められることもなかった。ニーナ・エザルカさえ卒業すれば一位は再びドゥーラン家のものとなる。
しかし、ファナは失墜した。二位どころか、上位生の地位さえ失った。
落ちこぼれとなったファナの目には、屋敷の門が断頭台に見えてしまう。
ファナは建物の入り口で馬を止めた。車を降りる。
ドゥーラン家の警備の厳重さは貴族の中でも頭抜けている。
十年前、ドゥーラン家は何者かの襲撃を受けた。強力な爆発で屋敷の一部を破壊されたのだ。
魔力の残滓は残っておらず、犯人は不明のまま。
この事件は、魔術の名家を任ずるドゥーラン家に泥を塗った。
以後、ドゥーラン家は結界魔術と悪魔を併用した警備体制をとるようになる。
「警備にどれだけ魔力を使うつもりなのかしら」
ふと疑問に思う。
大規模な結界に、多数の悪魔の使役。
それだけの魔力をひとりで賄える人間がいるとすれば、リサくらいのものだろう。おそらくは数十人単位の人間で術式を維持している。
「……いえ、どうでもいいことですわね」
首をふり、玄関を跨いだ。使用人に導かれ、当主の書斎へ向かう。
書斎へと続く廊下は長く、薄暗い。
一歩進むたび、足が重くなる。
使用人の足が止まった。扉の横でファナに向き直り、一礼する。
「……下がっていいですわ」
深呼吸してから、ノックする。
「お父様。ファナですわ」
瞬間、魔力の流れ。鍵が開く。
中に入った。
さほど広い部屋でもない。壁際には蔵書が並び、窓際に机がひとつ。そこに初老の男性が座っていた。
ラドルフ・ドゥーラン。ファナの父であり、アルフレッドの叔父でもある、ドゥーラン家の当主。
在学中、三年間序列一位を保持した天才。魔力量のレベルは最高位の15。
ファナは息を呑む。体に緊張が走り、手のひらが汗ばんだ。
「お、お久しぶり、ですわ。おとうさ」
ファナの挨拶を手で制す。
「言い訳をしたまえ、我が娘よ」
「あ、あの……。少々、諍いを起こしまして。その罰として、減点されましたわ。けっして実力を落としたわけでは」
「そうか、では今でもエザルカに次ぐ力を持っていると」
ラドルフの口調はあくまで穏やか。話しているうちに緊張感も和らいできた。
ファナはうなずく。
「もちろんですわ」
「そうか」
刹那、魔力の反応。
「では証明したまえ」
ファナが答えるより早く、術式の行使は終わっていた。
ファナは水中にいた。息ができない。
悪魔だ、少なくともレベル12以上の、上級悪魔。
いつ召喚を終えたのか、ファナには見ることすらできなかった。術式の発動速度が桁違いだ。
ラドルフは椅子に腰かけたままファナを見やる。
「どうした、遠慮はいらない。反撃したまえ」
ファナもまた、馴染みの悪魔を召喚するため術を構築する。
手のひらの上で魔力を練り、魔導言語を描く。
ぱりん、と術が砕けた。
ファナは父の顔を見る。遠隔の術式破壊。
「まさか、これで精一杯というわけではないだろう。んん? まだ父に対して遠慮があるのか? 全力で抗ってみたまえ。それともなにか、この程度なのか?」
冷笑。娘に対して軽蔑しきった表情を向ける。
「大した実力だな」
実力、その言葉を強調し、鼻で笑った。




