柔と剛
瞼ごしに朝焼けの光を感じ、リサは目を覚ます。
寒い。体に巻きつけていたマントをきつく引き寄せる。しかし薄い布一枚では地面への放熱は防げない。
地面との設置面積を減らすため、体を起こした。見ればマントだけで寝ているのはリサだけで、他はリュックの上に寝ている。
「……なるほど。次からはそうしよう」
今からリュックを持ってきて眠る直す気にもならず、体を動かすことにした。
周りを起こすのは気が引けるので森の奥に入る。
「ああ、起きたのか」
「あ、団長。おはよーございます」
茂みの向こうではハルターが上裸で剣を握っていた。他にも数人、筋トレや稽古をしている。汗臭い。
臭いが、自分以外にも起きている人間がいると安心する。
「みんなけっこう起きてるんですね」
「寝れる時に寝るのが兵士の基本なんだが、あれを見せられるとな」
ハルターが指差す先、緑のカーテンを挟んだ向こうに、二つの影があった。
ひとりはアルフレッド。上位生用のローブではなく、半袖姿。剥き出しになった腕は研究者とは思えないほど逞しい。自重メインで鍛えている人間らしい、均衡の取れたしなやかな筋肉をしている。
対するのはリリア。こちらは白い袖なしのシャツに、ポニーテール姿。ホムンクルスである彼女は細腕でも剛腕。体重ならば上であろうアルフレッドの打撃を平然といなしている。
それどころか、劣勢なのはアルフレッドのほう。呼吸は乱れがちで、相手の動きを追えきれていない。
近づくとリリアの声が聞こえてきた。どうやら戦いながら指導しているようだ。
「リリアさんが育てたって、マジだったんだ」
リリアが一瞬、リサのほうを見る。
視線が外れた隙に、アルフレッドは重いボディを打ち込む。
リリアはアルフレッドの腕にそっと触れ、手首を捻りつつもう片方の手で肘を押し込んだ。
アルフレッドの体が回る。そのまま投げられ、地面に押さえつけられた。ピン留めされた昆虫のように、地面で身動きが取れなくなる。
片手でアルフレッドを抑えながら、リリアが顔をあげた。
「おはようございます、リサさま」
「お、おはよー、ございます。……大丈夫ですか、それ?」
「大丈夫です。ちょうど切りやめようと思っていたところなので」
そういう意味じゃないんだけど、リサはぽりぽりと頬をかく。
アルフレッドが立ち上がると、リリアは「少々お待ちください」とリサに断り、指導を再開した。
「今のが先ほど教えた技法の応用です。感覚を忘れないうちに形稽古を。あと、隙が生じたからといって飛びつくのはおやめください。必死になると冷静さを欠くのは技術云々以前の問題です」
いつもは反抗的なアルフレッドだが、今は子供みたいな顔でうなずいた。それからリリアに言われた通り、形稽古をはじめる。
重心を低く落とし、体重は後足に七割、前足に三割。上段に置いた左手で回し受けをし、そのまま引き込んで体を入れ替え、右手右足を前に。体重移動と合わせて右の掌底。
そして右手で回し受けをし、同じ動作を繰り返しながら前進していく。
「……太極拳?」
「? その単語はわかりませんが、我が家に伝わる柔法の基礎動作です」
「柔法……。アルくんって、そんな戦闘スタイルだったっけ?」
「今までは身につけやすい剛法を主に教えていましたが、そろそろ柔法をと思いまして。以前、ダンさまに力負けして追い詰められことですし、良い機会かと」
リリアは淡々と主の育成計画を語る。
「リリアさんってこう……徹底してますね」
「柔よく剛を制し剛よく柔を断つ、と家訓にもありますから」
「リリアさんちって、ゾルディック家かなんかなの?」
「さあ。……しがない肉体労働系ホムンクルスの一族ですよ」
言って、リリアは微笑んだ。




