魔術師たちの休日
「おー、エビじゃん。……うま!」
リサは巨大なエビにかぶりつく。
クレアもまた、白身魚のフライを口にした。さくりとした食感が歯に心地よく、上質な身は舌の上で溶けていく。
「明後日からだよね、初仕事」
口もとを抑えながら尋ねると、リサは「んん」とうなずいた。
「つっても四日間だからねー。すぐだよ、すぐ」
リサの初仕事はショルツ家で行われるパーティの警備だ。国の要人たちが集まるパーティ、国の治安維持部隊が警備にあたるが、学園からも生徒が出席するため、騎士団も出動する。
往復も合わせ、期間は四日。たいした任務ではないが、リサにとっては初仕事。
出発を翌日に控えたこの日、クレアはリサを食事に誘っていた。リサが以前食べたいと言っていった海鮮の店だ。
「景気づけっていうなら、クレアの試験の方じゃない?」
「あはは、そうかも」
「がんばってねー、って言いたいんだけど。受かったら部屋移っちゃうもんねー。遊びに行っていい?」
すがるような目を向けられ、クレアの心臓が飛び跳ねる。
「も、もちろん! 毎日でも!」
「うん。じゃあ毎日で」
クレアは顔が熱くなり、視線をさまよわせた。
「わー、見せつけてくれるなー」
横から入ってくるのはノン。
リサを誘ったつもりなのに、なぜかノンもついてきていた。リサが誘ったのだろう。
二人きりがよかったのに。内心むくれるも、今更どうしようもない。
「見せつけるって、なにが?」
「別にー」
話している間にも次々と料理が運ばれてくる。赤く輝く刺身に、酢をベースとしたソースがかかっている。下には瑞々しい野菜。
「お、来た来たあ」
リサはフォークを振り下ろし、口いっぱいに頬張る。
「うっま! でもやっぱ醤油欲しいなー」
「醤油って?」
「んーっと……腐った豆? 液体の」
「リサの住んでた国って、どんなところなの?」
食料の乏しい荒れ果てた世界を思い浮かべる。裕福とはいえない家で育ったクレアも、腐った豆を食べたことはない。
「ご飯はおいしいよ。あたし米派だし」
「お米料理頼む?」
「やー、イルセナのお米ってなんか違うんだよねー」
イルセナにも米はあるが、日本の米とは品種も調理法も異なる。茹でたタイ米みたいな感じだ。リサの口には合わない。
「パンとかパスタも好きなんだけど、やっぱたまには米食べたくなるよね」
リサの愚痴を聞いたノンが会話に入ってくる。
「夏休み、帰らなかったの?」
「帰れないんだよー。……クレア、ノンに言ってもいいと思う?」
「私に聞く? ……リサがいいならいいよ」
「あたしって、別の世界から来たんだよね。だから帰れないの」
「別の世界?」
「そう、地球っていうとこ。魔法もないし、ホムンクルスもいないよ。人には言わないでね、面倒だから」
「言わないよ。……異世界、へえ」
ノンは若干目を細める。しかしすぐににこやかな笑みを浮かべた。
「だからホムンクルスのことも知らなかったんだ」
「そ。漫画とかではあったけどね」
リサにはホムンクルスへの差別意識がない。あけっぴろげな性格のせいかと思っていたが、そのバックボーンを聞いてノンはなるほどと納得する。
「どんなとこなの、リサがいた世界って」
「あたしが住んでたのは日本っていう島国。魔法はないけど携帯とか、車とかある。こことは全然違うよ」
「違う?」
「うん」
「人間がいるんだよね?」
「そりゃ、いるけど」
「米も、パンもパスタも魚もあるんだよね?」
「あるけど……料理とかはぜんぜん違うし。言葉も違うよ。あたしはなんか、言葉しゃべれるようにしてもらったけど」
「なるほどねー……じゃあ、帰れると思うよ」
「え!? なんで!?」
「共通点が多すぎるから。惑星の環境が似てる、ってとこまでは偶然で済ませるよ。世界に、というか宇宙には無数の星がある、別の世界まで含めたら同じ組成、気温、地表環境の星があるってのは納得できる。けど環境が似たところでその上にある生態系まで似通う、どころか同じってのは作為的すぎると思うんだよ。それなら二つの世界は行き来可能で、生物の交流があるって考えた方が、確率はぐっと上がる。実際、リサもこっちに来てるわけだし。こっちのほうが理論のモデルとしても単純だしね。自然に行き来可能なら帰るのも簡単」
「ほへー。ノンって頭いいんだね」
「まあね。上位生候補のクレアさんほどじゃないけど」
ちらりと視線を向けると、クレアは居心地悪そうに身をよじる。
「そ、それなら! そもそも異世界っていう表現に問題があると思いま……思う!」
クレアが言い放つと、ノンが相槌を打って先を促す。
「異世界っていうから、こことは全く別の、断絶した世界って考えがち。けどそれは言葉のイメージに引っ張られてるだけ。同じ宇宙の中にある別の惑星で、移動方法もただ普通に空間を移動してるだけって考える方が単純」
「それだと魔法の有無が説明できない。同じ宇宙の中にあるのに別の法則が働いてる。それを解決するにはまた別の理論を付け加える必要がある」
「別の法則が働いてるから別の宇宙ってのは反論を封じにかかってるだけ。リサの世界って、私たちの世界と物理法則は同じなんでしょ? 物は下に落ちるし、惑星は恒星の周りを回ってる。なら、魔法のある世界が魔法のない世界の法則を含有してる、一般的な物理法則の上に魔法っていう特殊な力学体系が付け加わってる。それなら二つの世界に共通する、いわば一般的な法則に、魔法っていう特殊性を加えるだけで済む。魔法があることを前提とした体系を考えると複雑になるけど、一般理論を拡張するパッケージとして扱うことができればすっきりする」
気づけば声量があがっていた。慌てて口を抑える。周囲を確認するが、視線を集めてはいない。雑然とした雰囲気のおかげで気にされなかったらしい。
ほっと胸を撫で下ろしたときだ。
「ふ、ふふふ、あははははは!」
ノンが笑い出した。周囲の目も気にせず、目尻に涙さえ浮かべて腹を抱える。
「さっすが! いやー、頭じゃな敵わんね。さすがは演算能力特化型」
「え、いや、そんな……」
「謙遜しないでよ。堂々としてればいいのに」
ね、と向かいに座るリサに尋ねるも、リサは完全に脳の電源を落としていた。「フカヒレおいしー」と、虚ろな目でスープをごくごく飲んでいる。
「……クレアが味方だったらなー」
小声で呟く。味方という言葉を不審に思うも、尋ねるより早くリサが最後の器を空にした。すかさずノンが「お勘定」と手をあげた。
店を出ると、冷たい風。
「ねえ、ノン、さっきの、味方ってどういう意味?」
「ん? ああ、クレアを相手に論戦はるのは利口じゃないなってだけ」
「そう……」
どうにも納得できない。あのときの言葉は、ただの口喧嘩には似つかわしくないほどに真剣だった。
けれど、ノンはこれ以上踏み込むなと態度で示してくる。リサのもとへ駆け寄り、次はどこへ行こうかと話を振る。
結局、クレアにそれ以上の追求はできなかった。
ーーーーーーーーーー
三人は門限ぎりぎりで敷地に入った。まっすぐ寮へ向かう。
クレアは満腹で、頭を使ったあと独特の脳が痺れるような多幸感もあった。ノンがいたおかげだ。最初こそ煙たかったが、すぐに会話は楽しくなった。リサ相手だと教養ある会話を楽しむ、ということはできない。
ノンとは中等部のころから知り合いだったが、話すようになったのはつい最近。リサを介してのこと。
学校生活を変えてくれた友達の顔を仰ぎ見る。クレアの視線に気付き、リサが微笑んだ。心臓が飛び跳ねる。
幸せだ。そう感じて、足がとまる。
「あら、クレアさん」
声をかけられた。振り向くと、ファナがいた。
「こんばんは。どうされましたか?」
「別に。どうというわけではないけれど。……おでかけ?」
「はい。リサたちと三人で。先輩は?」
「夜風に当たっていただけよ」
ファナが隣に並ぶ。気づけばリサとノンとの距離はかなり開いていた。呼び止めるのも悪いので、ファナと歩調を合わせる。
「……明日から、しばらく実家に戻るの」
「この時期にですか?」
「ええ。少し事情があって。……それで、その…………また帰ってきたら、お茶でもどうかしら」
ファナはわずかに顔を傾け、髪をかきあげる。月明かりのもとではその表情は伺えない。
「はい! 私でよければ、喜んで」
「……そう。…………あなただからいいのだけれど」
「え!? あ、えっと、光栄です?」
思わぬ言葉に、クレアは目を見開く。ファナは歩調を早め、数歩先に出た。振り向くと、端正な顔だちが月明かりに白く照らされる。
「それじゃあ、またいずれ」
言うと、足早に去っていった。




