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魔術師たちよ  作者: 八神あき
二幕 ショルツ邸にて
35/68

パトロン

 ファナが布団で身悶えしていたのと時を同じくして、クレアはアルフレッドの部屋にいた。

 椅子の上で身動ぎする。どうにも居心地が悪い。


 共同研究中は毎日来ていたのだが、夏休みを挟むともうダメだ。あるいは部屋が変わったことも原因だろうか。

 学期が変わると順位が大きく変わる。クレアは暫定十位に、アルフレッドは四位になっていた。上位生の部屋順は順位通りなので、アルフレッドは三つ隣の部屋に移っていた。


 アルフレッドが客間に入ってくる。髪と服装は整えられているが、寝起きなのは明らか。無言でクレアの前を通り過ぎ、ソファーの上で膝を抱える。後ろにいたリリアが頭を下げる。

「お待たせしました。申し訳ありません、自己管理ができない方でして」

「いえ! ぜんぜん。また何か研究ですか?」

「爆発だ」

「はい?」

「けど体積の膨張じゃない、もっと何かべつのものだ、あれは……。原子の変質…………けどやっぱり質量は保存される。有は有にのみ接続される……消滅はしない」

「行き詰まってる、ってことですか」

 リリアが「その通りです」とうなずき、二人分の紅茶を出す。アルフレッドは紅茶をすすると、また思考の沼に沈んでいく。


 リリアはため息ひとつ、アルフレッドの耳元でささやいた。一瞬の出来事だが、効果は鮮明だった。アルフレッドは目を見開き、左右を見回したあと、じとっとした目をリリアに向ける。わずかに頬が赤くなっているような気がした。

 ソファーの上で体を動かし、クレアに対面。

「なんの用だ」

「あ、はい! えっと、これ」

 ショルツ家からの招待状を差し出す。競技会で行った魔力授受装置について、パーティで発表して欲しいとのこと。

 アルフレッドは一読するなり「知らん」とリリアに手渡した。

「お前はどうしたいんだ」

「私ですか!? 私は、出たいんですけど、試験の日程とかぶってて……」

「試験、そうか。上位性の……」

 アルフレッドは何かを思い出すように天井を見上げる。

「引っ越すときは言え。暇だったら手伝ってやる」

 そう言うとクレアの返事を待たず出ていった。リリアが申し訳なさそうに顔を覆う。

「……あの、せっかくああ言って来れましたけど、私まだ受かるかは」

「アルフレッドさまはそう思っていないのでしょう。私も同じです。クレアさまなら必ず合格できます」

「そう、ですかね……」

「はい。それと、アルフレッドさまがああ言ったときは万難を排してでも手伝うということなので、遠慮なくお申し付けください」

「はは……さすがアルフレッドくんですね」

 それからしばし世間話をして、クレアは部屋を出た。


 リリアが寝室に戻ると、アルフレッドはベッドの上で資料を漁っていた。

 論文を表示する十枚ほどの水晶版、カビの生えた魔導書、無数の手書き資料が散乱する。アルフレッドは四足の獣となってそれらの上を渡り歩いていた。

 唐突に、ぱたりと倒れる。脳回路が焼き切れたらしい。


 水晶版の一枚が振動。リリアが手に取る。メッセージだ。

「寝かせてあげたいのですが……いえ、起きてからでいいですね」

 水晶版を机に置き、寝息を立てるアルフレッドに毛布を被せた。


ーーーーーーーー


 深夜、アルフレッドは飛び起きた。「エウレカ!」地球の人間ならそう叫んだだろう。バラバラだった理論は夢の中で溶け合い、ひとつの心象を形作る。イメージの迸るままにペンをとり、壁紙に殴り書きした。

「リリア! わかった、簡単だ! まちがってるのは理論のほうだ! 科学なんてしょせんは人間が世界に与えた解釈、像でしかない、そんなものを絶対視するなんて阿呆のすることだと思ってたが俺がやってた! 質量は保存されない! 保存されるのは総和だ!」

 リリアはアルフレッドを抱きしめた。胸の中で野良猫のようにむにゃむにゃと暴れる。

「落ち着きましたか?」

「…………まあ、一応」

「では、これを」

 リリアから離れたアルフレッドは目を擦り、水晶版を受け取る。

「うげ」

「すぐに返信を」

 言うと、アルフレッドは苦虫を噛み潰した表情。泣きそうな視線を向けてくる。

「……明日のほうがいいだろ。夜遅いし」

「あの方に昼夜の別がありますか?」

「……………………」

 アルフレッドは水晶版を操作した。女性の姿が映る。

『あ、やっほー。アルくん。どしたん、寝てたー? 返事はすぐしろ、ぶっ殺すぞ』

 水晶版を投げ捨てたくなる衝動を抑え,アルフレッドは口を開いた。

「どうも、リンリットさん」


 ユーリ・リンリット。細身で、亜麻色のショートカットの女性。学園のOBにして、魔道具を扱うリンリット商会の経営者。アルフレッドの術式パズルを商品化して以来、パトロンとして資金を提供している。


『もー、他人行儀だなー。私のことはお姉さんと呼びなさいって何度も』

「出資者にこのような不躾を言いたくはないのですが、アルフレッドさまのお姉さんは私ひとりで十分です、出過ぎた真似をするとぶっ殺しますよ?」

『あ、リリアちゃんもどうもー』

 飄々と笑い、手を振ってくる。


『ところで本題なんだけど、ショルツ家からの招待状、届いた?』

「なんで知ってる」

『私んとこにも来てるから。出ろ』

「……理由は?」

『そりゃ、君のデビュタント兼宣伝。うちには王立学園の四位様が技術提供者についてますよーって。まあ、ようするに君が将来別んとこに就職できないように唾つけとこうって話』

「クソが」

『反抗的なところもかわいい』

 ウインクを飛ばしてくる。アルフレッドはうげーっと舌を出した。

『じゃ、そういうことだから。送迎欲しかったら言ってね。馬車出すから。じゃ、おやすみー』


 通話が切れた。アルフレッドは水晶版を投げ出す。

「どうなさいますか?」

 リリアが聞いてくるが、答えは決まっている。

「……クソが」

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