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魔術師たちよ  作者: 八神あき
二幕 ショルツ邸にて
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手紙

 部屋に戻るなり、ファナはベッドに倒れ込んだ。枕に顔を埋める。

「何を…………やってるんですの、わたくしは!!」

 クレアに太鼓持ちとしての役割を求め、あげく癇癪を起こして立ち去った。

 足をばたつかせて布団に叩きつける。なんてみっともない真似を。幼稚にもほどがある。恥ずかしい。


 めいっぱい感情を吐き出してから、理性のスイッチを入れた。やってしまったものは仕方ない。大事なのは次会うときにどうするか。


「次、……ですわね」


 どう誘おうか。またお茶に? それとも何か別のこと。

 上向き始めたファナの感情は、ひとつの事実にぶち当たる。


 それはクレアとの関係性を考える上で避けて通れないもの。

 ファナはかつて、ホムンクルスを学園から追い出そうとしていた。


 ずるりと、記憶の奥底からどす黒いものが這い出てくる。今まで気にもとめていなかった過去。クレアと関わらなければ、一生向き合うことのなかった過去。


 7年前、イルセナ王国ではホムンクルスに人間と平等な地位を与えるため、法改正が行われた。

 当然、法を変えただけでは平等は実現しない。政策を推進するため、ホムンクルスへの就学支援が議題に登った。

 支援自体は簡単に認められた。問題となったのは、魔導学園にホムンクルスの入学を認めるか否か。


 大多数の貴族たちは反対した。筆頭は魔術の名門、ドゥーラン家。

 しかし二つの公爵家、エザルカ家とエルラン家が賛成に回ったことが決定打となる。


 ホムンクルスにも受験資格が認められ、王立魔導学園に数人のホムンクルスが入学した。本来学園に入る資格のないホムンクルスが、筆記試験だけを通ってやってきたのだ。

 異物だ。魔術世界における異物。だから、排除しなければならなかった。


 弱い者、ふさわしくない者は淘汰されねばならない。それがファナの生きてきた世界だったから。


 ファナは1年に命じた。ふさわしくない者たちを退学に追い込めと。

 だれに狙いを定めるか尋ねられた。「一番上を狙えばいいですわ。そうすれば下の人間も身の程をわきまえるでしょう」

 ふさわしくない者たちのうち、学力のトップはクレア、家格のトップはアルフレッドだった。


 そうして、クレアとアルフレッドへの嫌がらせがはじまった。最初はものを隠したり、ゴミを投げつける程度だった。しかし、いじめは残虐性を増していく。

 殴り、蹴り、魔法で顔を焼いた。彼らの攻撃性はファナの想像を超えていた。それでもファナは手綱を絞めず、成り行きに任せていた。


 ある日を境に、いじめはピタリととまる。


 手駒の筆頭だったダリーが、アルフレッドに敗れたからだ。


 アルフレッドは姑息な手段など取らなかった。魔術試合で、肉体的な損傷を与えない仮想世界の中、一切の容赦なくダリーの心を破壊した。


 ダリーは曲がりなりにもファナが選んだ手駒。魔力レベル13、家柄も才能も実力も折り紙付き。入学当初はまちがいなく最強だった。


 しかし三年の月日は、復讐者にとっては十分すぎた。


 魔力量は生まれつき決まっている。後天的に伸ばせるのは技術と、知識のみ。しょせんは小手先でしかない。

 しかし、アルフレッドは覆した。レベル4の魔力量しかない凡人でありながら、技術と知識で天地の差を埋めた。


 リーダーを失い、動揺した手駒たちをさらなる悲劇が襲った。

 今度は現実世界で。ある者は半殺しにされたあげく宙吊りにされ、ある者は手足を縛られて屋上から突き落とされた。アルフレッドでないことはすぐにわかった。魔法が使われた形跡がなかったからだ。


 下手人はホムンクルスだった。

 クレアと違い、一般的なホムンクルスは身体能力も高い。彼らには反抗する力はあった。しかし虐げられてきた過去が、彼らの意思を奪っていた。


 アルフレッドの行動が、彼らに火をつけた。怒り、反骨精神、弱者の鉄槌、それらを象徴するアルフレッドの姿が、ホムンクルスたちを突き動かした。


 ファナの手駒はいなくなった。それでも深く考えることはなかった。手駒に愛着などなかったし、直接ファナを狙うホムンクルスは返り討ちにしたからだ。いくら研究者肌とはいえ上位生。身を守るくらいなら簡単だった。


 しかしクレアに対して別の感情を持ってしまった今、彼女を苦しめたという事実が、ファナの心臓を突き刺す。


 謝罪? 償い? 違う、それは下民の発想。内心が変わったからといって手のひらを返すなど、それこそ不誠実。


 覆水盆に返らず、過去は変えられない。

 なら、今の自分が考えるべきは未来のこと。


 ようやく頭の中が整理されてきたとき、水晶板が振動する。


 舌打ちひとつ、ハードカバーサイズの水晶板を手に取った。魔力を流すと、生体魔力の認証が通りロックが解除される。

 手紙だった。差出人はドゥーラン家当主。


 心臓が飛び跳ねた。それまで考えていた未来も過去も、吹き飛んだ。

 汗ばむ手を拭う。小刻みに震える指で手紙を開いた。


  “早急に屋敷へ”


 ただ一行の、冷たい文字列。

 呼び出される心当たりはひとつ、上位性の地位を失ったことだ。


 胸中がざわつく。

 深く息を吐いて、気分を落ち着かせた。

 大丈夫、自分には積み上げた功績が残っている。弁明の場は与えられるはずだ。


 減点理由はリサとの喧嘩と、それに伴う資料室の破壊。実力が上位生にふさわしくないと判断されたわけではない。時間さえあれば取り戻せる。


 無意識のうちに唇を噛んでいた。血の甘みが口内に広がっていく。


 胸中のざわめきが大きくなる。負の感情が増していく。こんな杜撰な弁明が受け入れられるはずはない。捨てられる。かつてアルフレッドが捨てられたように。

 失望される、見捨てられる、味方はいない。手駒はとうにいなくなり、学園中が敵だらけ。ホムンクルス、リサ、アルフレッド。そして、クレアにも。きっとバレている。自分の正体。醜く臆病で、表面を糊塗するだけで精一杯の子供。

 ——嫌われる。クレアに。


「うっとうしいですわね、悪魔の分際で!!」


 落ち込んでいく感情の原因が悪魔だと気づくのに、数秒とかからなかった。制限を強め、生体術式の働きを阻害する。

 一番まずいのは出発を遅らせること。下手をすれば命令違反とみなされ、弁明の場さえ取り上げられる。


 動悸を落ち着かせ、旅支度を整えるためクローゼットを開いた。煌びやかなドレスが目に飛び込んでくる。競技会の日に着たものだ。

 あの日、パジャマ姿のクレアを叱った。そのあとに感謝された。失敗してもクレアだけは味方でいてくれた。

「…………クレア」

 口にすると、胸の痛みが引いていった。甘美で優しい、魔法の言葉。悪魔の誘惑みたい。

「……出発前に会いたいですわね」

 慌てて口を押さえる。何を言っているんだ、自分は。

 首を振ってクレアの姿を追い払い、クローゼットに意識を向けた。

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