お茶会
魔術師は術式を描き、魔術を行使する。
一口に術式といっても、難易度はピンキリ。簡単な幾何学図形の組み合わせから、油絵の傑作ごとき作品までさまざま。
複雑な術式の代表格は召喚魔法と傀儡魔法だ。後者は術者の命令に従って動く人形から、自立行動が可能なものまである。
魔力生命体の核である生体術式は、自立行動型のゴーレムに近い。ただしその行動パターンは無数。魔界という、魔素の海で離散集合を繰り返すうちにできあがった自然の高等造形物。特定の記述様式も、全体を包含する体系もない。そのため、術式の分析は困難を極める。
術式自体の分析は難しくとも、魔力生命体の行動から、2つの機能を持つことは予想されている。
ひとつは神経系。これが魔力生命体にとっての脳だ。
もうひとつは固有魔法。固有魔法は人類の魔法体系では再現不可能なものが多い。事前に契約を交わした主人を一度だけ生き返らせたり、触れるものすべてを腐敗させたり。
ファナが欲しいのは悪魔の体を構成する魔力と固有魔法。脳みその部分は殺す必要がある。うさぎの実験ではそれが不十分だったために凶暴化してしまった。
術式の一部だけを破壊するには、術式を解析しなければならない。
いまだ人類が成功していない、生体術式の完全な解析。
ファナは自身の体に取り込むことで、分析の精度を底上げ、術式破壊を行おうとした。しかし―――
食事を終えたファナはベッドに腰掛け、自身の置かれた状況を整理する。
1日を終えても、解析は遅々として進まない。
(とはいえ、いまさら引き返すわけにはいきませんわ)
生体魔力は本来、生まれてから死ぬまで変わることがない。それを漂白と憑依によって無理やり変更すると肉体に悪影響がある。一度なら大きな問題はないが、二回目ではウサギの体中にガンが生じ、数時間後に死亡した。魔素配列が人体の構成要素と対応しているゆえ、変更を繰り返すことで正常な機能が失われたのだろう。
さりとて今の悪魔を分離することもできない。漂白は不可逆的な作業ゆえ、一度失った生体魔力は取り戻すことができない。つまり、二度と魔法が使えなくなる。
人格への影響、ガンのリスク、失敗時の魔力喪失、これらがファナの研究が危険とされた所以だ。今は悪魔の力を制限しているので体を乗っ取られる心配はないが、実験に価値を与えるためにも、制限の解放は必須。
(そのためにも——)
思考がさらなる加速をはじめたときだ。
ドアが開いた。同室の生徒が入ってくる。
「あ、こ、こんばんは。ファナさん」
「…………どうも、リーレン嬢」
気の弱い子爵家の令嬢はおっかなびっくりファナの横を通り、自身のベッドに引きこもる。
(二人部屋というのはどうも……。ゆっくり考え事もできないですわ)
クレアがベンチにいたのを思い出す。なぜこんな寂れたところでひとり座っているのか疑問だったが、たしかにあそこなら静かだ。
(クレア。……クレア・クレス、ね)
クレス家、演算特化型の純系種。ホムンクルスゆえ魔法は使えないが、知能の高さならそこらの教師じゃ及びもつかない。
(……暇つぶしくらいにはなるかしら)
ーーーーーーーーーーー
翌日。
クレアは呼び出しを受け、中庭の奥へ向かった。
左右を緑に囲まれた石畳の道。角を曲がり、現れた光景に息を飲んだ。
真っ白い屋根を持つガーデンテラス。
豊かに葉を茂らす緑葉樹を背景に、ひとりの少女が座っていた。
物憂げに手元を眺めるファナは人形のように美しい。
クレアは足をとめる。一歩踏み込めばこの絵画じみた光景が壊れてしまう気がして。
クレアの感慨など無視して、人形は自ら動き出す。琥珀色の瞳がクレアに向けられた。
「ごきげんよう」
「あ、はい、こんにちは。ファナ先輩」
「そんなところでびくついてないで座ったら?」
「はい! 失礼、します……」
クレアは言われるまま、ファナの向かいに座った。
「あの、今日はありがとうございます。お茶に誘ってもらって」
「かまいませんわ」
「えーっと、ここって……貴族用、ですよね?」
「あなたは招待を受けた人間なのですから、堂々としていればいいのですわ」
クレアが縮こまっていると、どこからともなくティーポットが現れ、テーブルに着地した。ティーカップお茶菓子もそれに続く。
「系統外魔法、ですか?」
「サイコキネシス、悪魔の固有魔法ですわね」
「レベル3のレブルット、レベル7のガーラン、レベル11のレブルット……でしたっけ?」
「そんなところですわ。魔法を使えないのによく知ってますわね」
「へ、へへへ。えと、本なら、読むので」
リサ以外の人間から褒められることに慣れていないクレアは照れ笑い。視線を泳がせる。
「固有魔法って不思議ですよね。サイコキネシスって同じような能力なのに三つの悪魔ともまったく違う術式なんですから」
「そうですわね」
言って、紅茶をすすった。その反応に覚えがある。興味のない話題を振られたときのアルフレッドと同じだ。
こういうときの対処はリリアから教わっている。
「えーっと、悪魔つき、でしたよね」
ファナは無表情を崩そうとしない。しかし、目を凝らしていればわずかに表情筋が緩んだのがわかる。やはりこの話がしたかったらしい。
ファナの表情を見ながら、適切な会話を続ける。最初こそ堅かったファナの態度は徐々に軟化。お茶よりも会話に集中力が向いてくる。
頃合いを見て自分の話をいれる。あまり聞き役に徹していると罪悪感を覚えさせてしまうからだ。
「今日、誘ってもらってよかったです。ちょうどリサもいなくて、ひとりだと寂しかったので」
ファナの眉根がぴくりと動く。
(あれ? 違った?)
けどまだ大丈夫。イライラゲージは自己処理できるラインに留まっている。このラインを越えるとリリア以外の人間では手がつけられなくなる。
「いつもは一緒にいるんですけど、今日は騎士団のミーティングがあるとかで。えっと、リサ、騎士団に入ったんですよ。武闘派ですよね」
「たしかに、粗暴というか粗野というか、あなたが言うところの学園の生徒らしい血気盛んな性格ですわね」
「あー、えーっと、そういえばリサと喧嘩したん、でしたっけ? すみません」
舌打ち。アルフレッドよりも小さいが、鋭い音。
「あなた失礼ですわね。こうして対面しているのにミス・トウドウのことばかり」
「あ、いえ、そんなつもりじゃ……」
「もっとお話ししたいのですが、そろそろ実験の経過観察の時間ですの。またいずれ」
ファナは勢いよく立ち上がり、寮へ戻っていく。
小鳥のさえずりだけが聞こえる空間、クレアはひとり取り残される。
アルフレッドと同じなら、あの怒りは持続しないはずだ。すぐに冷静になり自分にも非はあったんじゃないかと考え、ひとり反省会がはじまる。
それより問題はテーブルの上。
お菓子の山、といえるほどではないが、クレアひとりで食べるには多すぎる。
「……どうしよう、これ」
小鳥のさえずりに、小さなため息ひとつ混じった。




