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魔術師たちよ  作者: 八神あき
二幕 ショルツ邸にて
32/69

クレアとファナ

 女子寮の一室。

 ファナはひとり、跪いていた。

 自身の体をまさぐる。物理的な変化はない。けど、頭から背骨にかけて違和感がある。脊椎の中を無数の蟲がうごめいている。


 けど、それだけだ。拒絶反応は起こっていない。

 条件はシビアだったが、成功したようだ。


 漂白を行うと魔力が完全に消え去る。そのため、先に召喚魔法を行い、時間差で体内に宿るよう設定。限られた時間で漂白を行った。

 召喚したのはレベル11の上級悪魔。今はまだ、力を制限している。


 制限を緩めた。

 体の奥から魔力があふれ出してくる。

 同時に、声が聞こえた。


 いや、聞こえるはずがない。悪魔は言語を介さない。おそらく、生体術式の活動を脳が錯覚しただけ。

 気持ちが昂る。全能感に酔いしれ、吐き気を催し、嬉しさに躍り上がった。


 時間がたつと徐々に理性が戻ってくる。制御のコツを覚えてきたのだ。

「これなら、いけそうですわね。……時間はかかりますけど」


 一日かけてゆっくりと制限を解いていく。夕方になると、ようやく五分の一ほどの力を使えるようになった。

「今日は、これくらいですわね……」

 髪をかき上げる。油汗をかいていた。疲労が大きい。制限の解除は数日かけてゆっくりと行ったほうがいいだろう。


 窓の外を見ると、夕焼けの空。

 夕食までまだ少しある。

 散歩がてら遠回りして食堂に行けば気分転換になるだろう。

 外套をまとい、部屋を出た。


 食道へ向かう道を南へそれると中庭がある。散策にはもってこいだ。

 赤く染まった石畳に足を踏み入れる。冷気が頬にあたり、夕闇をはらんだ木々が揺れている。


 木擦れの音が聞こえるたび、過剰に反応してしまう。闇の中に何かが潜んでいるんじゃないかと目を凝らす。

 恐怖が膨らむにつれ、精神の侵食は進んでいく。嫌な思い出が眼前に現れる。怒り、恥、後悔といったマイナスの感情がどんどん大きくなってくる。


 舌打ち。

(悪魔ごときに負けてなるものですか)

 深呼吸し、感情を抑制する。


「あ、ファナ先輩」


 女の声。

 首をめぐらすと、ベンチにクレアが座っていた。

「お久しぶりです。先日はありがとうございました」

 無邪気な笑み。それがたまらなく不愉快だ。


 この女が上位生の候補に挙がっていることは知っている。ホムンクルスが上位生になると、学園で噂になっていた。

 苛立たしい。自分が抜けた穴を、よりによって魔法の使えない人間もどきに奪われるなど。


「あ、あの私、えーっと、ファナさんのおかげで服とか、選べたというか、その過程で友達と仲良くなれたというか……、とっ、とにかく、ありが」

「バカにしてるのかしら?」

「……え?」

「さっきからわけのわからない戯言を並べて。勝者の余裕? 見下したいのならそう言いなさいな」

「ち、ちがっ。えーっとたしかに、今回は私たちのほうが選ばれましたけど……私はアルフレッドくんと二人だったし、それに」

「相手の数が多ければ負けていいなんていうのは弱者の考えよ。わたくしは、わたくしは……」


 ドゥーラン家、代々有力な魔術師を輩出してきた名門。

 その家名を冠していることが、今は苦痛でしかなかった。みっともない自分に似合わない黄金の冠。かえって自身のみすぼらしさが強調されるだけ。

「あなたのような平民にはわかりませんわ」

「わかります!」

 突然大きな声を出され、ファナは面食らう。


 クレアは水晶板を取り出し、画面を映した。ファナの論文だ。赤線でおびただしい書き込みがされてある。

「先輩の研究、ホムンクルスの二重構造が基礎になってますよね!? ホムンクルスの場合は神経系が退化することで生体術式との共存が可能になってますけど、悪魔付きは融合対象の生体術式のうち魔力の入出力装置としての機能と固有魔法以外の部分を殺すことで神経系との両立を図ろうと」

「ちょ、ちょっと待ちなさいな! わからないってそういう意味じゃありませんわ! わたくしの心境を推し量ることはできないでしょう、って意味よ!」

「わかってます!!」

「やっぱりあなたバカにしてるんじゃありませんの!?」

「してません! その、私、人と会話するのあまり得意じゃないんですけど……」

「それは今までの会話で十二分に伝わってきましたわ」

「けどその、わからないって突き放すの、よくないんじゃないかなって、最近は思って。理論だって、人から生まれたものですし。内心を推し量る参考になるというか、心境を理解せずとも言ってる理屈さえわかれば意外と会話って楽しかったりするじゃないですか!」

「知りませんわ、そんなこと……」

「じゃあ今から話しませんか」

 クレアはベンチに座り、隣をぽんぽんと叩く。


 ファナは揺れ動くクレアの手を見て、それから視線を落とした。

「……せっかくのお誘いですけれど、夕餉の時間ですわ」

「え、あ、そ、そうですか……」

 クレアは視線を落とす。


 ファナの気分はずいぶんマシになっていた。そのことを自覚して驚く。時間が経ったからか、あるいは怒りを発散したおかげか。

 自問自答していると、クレアが顔をあげた。

「そ、その……やっぱり学園って、みんな若いですし、血気盛んですし」

「一年のあなたが言うと説得力があるわね」

「す、すみません……けどやっぱりみんなわかりやすい指標ばかり目が行くと言うか、試合での強さとか、序列とか……。けど、研究成果ならファナ先輩が一番だって、私知ってますから!」

「………そう」

 非論理的で、レトリックもない、つたない言葉。

 けれどきっとそれは本心なのだろう。


「どうもありがとう」

「え?」

「お誘いうれしかったわ。今は気分がすぐれないの。また別の機会にお話ししましょう」

 クレアがぶんぶん首を縦に振る。それを見て、ファナはつい笑ってしまった。

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