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魔術師たちよ  作者: 八神あき
二幕 ショルツ邸にて
30/68

わずらい

 打ち上げの翌日、二人は買い物に出かけた。

 雑然とした街並みを縫いながら店を回る。


 学園周辺と違い、衛生状態は悪い。下水は整備されておらず、ところどころ強烈な匂いを発している。ゴキブリはもちろん、犬のような大きさのネズミも見かけた。

 クレアにとっては見慣れた光景だが、リサには衝撃的だった。

「……やべえ街だね」

 素直な感想に、クレアは苦笑する。

「7年前まで、ホムンクルスは経済活動が制限されてたの。一応、市民権は与えられてたんだけど、建築法のせいで住める場所は制限されてたし、職も限られてた。法律自体はもう無効になったんだけど……街はすぐには変わらないみたい」

 法律という単語を聞いた瞬間、リサの脳みそが悲鳴をあげる。それでもなんとか話を聞こうと目を開いた。ホムンクルスの歴史や社会的地位なら図書室で調べた。予備知識は皆無じゃない。


 リサが頭をフル回転させている横では、クレアも悩んでいた。

 リサに対する感情がなんなのか、一晩考えても答えは出ない。

 それは置いておくとして、もっと仲良くなる方法はないものか。


(遊びに行く? けど同年代の女の子がどこで遊ぶかなんて知らないし……。とりあえず清潔なところがいいかな。ネズミがいなくて、雰囲気があって、普段より踏み込んでも違和感のない場所)


 考えれば考えるほど、周りが見えなくなってくる。

 視野は数十センチにまで狭まり、音も聞こえなくなる。


 だから、気づかなかった。

「クレア!」

 首を掴まれ、引っ張られる。

 目の前を栗毛の馬がかすめた。車輪の音、御者の毒づく声。


 クレアは投げ飛ばされるように後ろへ下がり、抱きとめられる。

「っぶなー。前見なよ?」

 ぽんぽんと、背中を叩かれる。


 リサの匂いがした。

 近い。ダンスのときよりもずっと。

 背中に手を回されている。体が全部、覆われている。胸が痛いくらいに高鳴る。


 ようやく、自分のこの感情がなんなのかわかった。理解できたままに、口が勝手に動き出す。

「あ、あの、リサ! 私っ」

「ちょ、ごめん!」

 リサはクレアを置いて駆けだした。

 馬車の先には人影。子供だ。


 リサは馬車の前に出た。子供を抱きかかえる。

 飛びのいて距離を取りながら、炎の壁を作った。馬はいななき、前足を上げ、ひっくり返るようにして止まる。

 御者が地面に放り出された。馬車の中からは男の悲鳴。


 リサは子供を下ろすと、頭をなでた。

「大丈夫?」

 子供はきょとんとした顔でリサと、後ろの馬車を見比べ、泣きながら逃げて行った。


 子供の背を見送っていると、御者がむくりと起き上がる。

「こんのクソガキ! 危ねえだろうが!」

「危ないのはあんたでしょ。さっきの子、死ぬとこだったよ」

「うるせえ! 平民の分際で。ホムンクルスの一匹や二匹ひきかけたくらいでガタガタぬかすな!」

「ふうん」

 すっと、リサは目を細める。

 御者からは魔力を感じない。リサもまた身体強化を解き、拳を固めた。


 御者が杖を拾い、殴りかかろうとする直前、馬車の扉が開いた。長身の男が出てくる。

「何事だ」

 問われ、御者はぴたりと動きをとめる。

「フィンの旦那。……いえ、このガキが」

 男、フィンはリサの服を見て眉をひそめる。

「……魔道学院の」


 リサが警戒していると、フィンは笑顔になった。

「申し訳ない。大事な商談があってね。遅れるわけにはいかないんだよ」

「さっきの子と友達がひかれかけたんだけど」

「本当にすまない。これで許してくれないかな?」

 懐から金貨を取り出す。リサはそれを払いのけた。

「気高いね」

 フィンが言うのと合わせて、背後に忍び寄っていた御者が杖を振り下ろした。


 リサは振り向きもせず受け止める。

 御者は杖を引くが、びくともしない。

「居住区を出るまでなら探知魔法で追える。安全運転で、ね?」

「……肝に銘じよう」

 杖を離すと、御者がすっころんだ。毒づくも、フィンにたしなめられて御者台に戻る。


 馬車は走り去る。クレアが駆け寄って来た。

「大丈夫?」

「平気平気。寝不足のアルくんの方が百倍怖い」

 笑い、「行こ」とクレアの手をとった。


 クレアはリサの横顔を覗き見る。息が苦しい。

 あのとき、自分は何を言おうとした?

 いっそあのまま言ってしまえばよかったのかもしれない。


 けど、拒まれたらどうしよう。もっと時間をかけて、仲良くなって、そのほうがいいんじゃないか。


 ひとつ答えがわかっても、また別の悩みが生まれる。

 懊悩は深まるばかりだった。

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