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魔術師たちよ  作者: 八神あき
一幕 競技会編
27/68

それぞれの結果

「このあとどうする?」

「発表聞きたい。自分の終わったからゆっくり聞けるし」

「りょーかい。じゃあ観客席いこっか。……あ、ちょっと先行っててよ。すぐ追いつくから」

「? わかった」

 クレアはひとり、正面玄関へ向かう。


 発表が行われているのは第一体育館。第三まである体育館のうち最大のもの。

 建物は木造で、五百人以上の聴衆が入っても窮屈さは感じない。

 客席の照明は落とされ、暗い人の海に舞台が浮かび上がっている。


 クレアは人並みをかき分け、空いた席を見つけた。舞台では少女が念動力による飛行魔法について解説している。途中からだったが、すぐ話に引き込まれた。


「お待たせ」


 ささやき声。隣に腰を下ろす気配。

 リサは深紅のドレスに着替えていた。

「合わせてきた」

 微笑み、クレアのドレスを指す。

「……そう」

 言いたいことは無数にあるのに、出てきたのはそっけない言葉。

 思考がかき乱されるのを抑えるため、舞台に意識を向ける。


 次の発表者はファナだ。一礼し、観客席に視線を向ける。

 目があった気がした。

 だがファナは気にしていないようだ。淡々と発表をはじめる。

「わたくしが行ったのは、人為的な悪魔憑き、人間と魔力生命体の融合ですわ」

 クレアの頭がぱっと切り替わる。ファナの言葉の続きを聞こうと身を乗り出す。

「これにより、人は悪魔の力、固有魔法と魔力を使えるようになりますわ。問題は拒絶反応。魔力生命体を構成する魔力は人の生体魔力と同じく固有の配列があるため、魔力授受と同じく拒絶反応が起こりますわ」

 第三者としてこの発表を聞いていれば、好奇心沸き立つだけで済んだだろう。

 しかしクレアは今、比べられる立場にある。


 クレアたちの研究も、ファナの研究も、アプローチは違えど効果は似ている。

 ならば、少しでも劣っている方は見向きもされない。


「それを解決するため、漂白を行いましたわ。人体の魔力を完全に抜くことで、拒絶反応が起こらなくなりますの。実験にはウサギを使用しましたわ。資料の31ページをご覧ください」

 クレアは水晶板を取り出す。資料データをダウンロード。該当するページに目を通す。

「10回中9回、拒絶反応はありませんでした。4回目の実験では漂白が不十分だったために痙攣の症状が出ました。しかし、体内に混入した魔力にかんがみれば軽微な症状。

 融合後は行動に変化が生じましたわ。全個体が攻撃的になり、知能が向上していますの。悪魔の生体術式がウサギの中枢神経に影響を及ぼした結果ですわね。これについての対策は……」


 よどみなく説明は続く。

 発表が終わると、客席は拍手で満たされた。社交辞令の拍手ではなく、心から感心したという、万雷の拍手。


 クレアは思う。自分たちの発表のあとはどうだったろう。

 お世辞の拍手だったか、今と同じような拍手だったか。大丈夫、だとは思う。けれど確信はない。

 せめてそのときの記憶だけでも思い出せたなら安心できるのに。


 クレアはそのあとの発表は聞かず、ひたすらファナの資料を読み返していた。


――――――――――


 魔力授受で使用した術式は三つに大別できる。


 一つ目は使用者の魔力を解析するもの。

 二つ目はくみ取った魔力に含まれる魔素を解析し、それを配列するもの。

 三つ目は配列前の魔力が使用者の体に入らないようにするための安全弁。


 安全弁は単純な術式。

 魔力の解析も、結果を保存しておけば二回目以降は必要なくなる。


 問題は配列。

 作業自体は単純だが、膨大な量を瞬時にこなす必要がある。処理能力を高めようとすれば書き込む術式が増える。術式が増えれば、魔道具の物理的なサイズも大きくなる。

 術式を長期間保存するには水晶が適しているが、体育館いっぱいの水晶板が必要となると実用性に乏しい。


 それを解決するために術式パズルを使った。

 術式自体が変化するため、同じ処理能力を持たせるにしても書き込む量が格段に減る。

 配列自体が単純作業であることも幸いした。作業が複雑だと今度は術式パズルを操作する術式が複雑化し、本末転倒になる。


 最終的には水晶板10枚で、ぎりぎり実用性のある魔力を生成できた。


 だが、ファナの実験は違う。

 漂白、召喚、融合。これを一度行えば、半永久的に悪魔の力を利用できる。

 魔力だけではなく、悪魔の持つ固有魔法まで使える。


 臨床実験によって示された安全性は五分五分。

 だが、それ以外の面ではすべて負けていた。


 クレアは中庭のベンチに座っていた。

 寮から漏れる灯はクレアのいる場所にまでは届かない。植え込みの木々が音を吸収し、深い森にいるような錯覚に陥る。


 水晶板を膝に置き、夜空を見上げた。

 光源が点在するだけの単調な景色を見ていると、散らかった頭の中が整っていく。


 石畳を歩く音。

 目を開ける。リサが手を振って来た。

「やほ。どこ行ったのかと思った」

「……リサ」

「ひとりになりたい感じ?」

「大丈夫、もう落ち着いた」

 嘘ではない。ファナの論文内容は既知の体系に納め、あとで調べておきたいこともリストアップできた。この問題はいったんここで保存し、意識から締め出す。


 リサはクレアの隣に座る。赤いドレスは夜闇のなかにあっても色あせることなく、本物の炎のように存在感を主張する。

「よかったじゃん、アルと仲良くなれて」

 唐突に飛び出した名前に、クレアはあっけにとられる。

「えーっと……うん、たしかに苦手意識はなくなったかも」

「苦手だったの? なんかめっちゃ尊敬―、みたいな感じかと思ってた」

「そりゃ、すごいとは思うよ。私と同じくらいの成績で入ったのに、今は上位生。けどそれはそれとして怖いでしょ。寝不足のときとか、完全に人殺しの目してたよ」

 共同研究中のことを思い出す。

 ただでさえ気まずいのに、機嫌が悪いときはなおさらだ。自分に怒りが向けられているわけではないが、怖いことに変わりはない。リリアがいなかったら数日で逃げ出していただろう。


 だがリサにはアルフレッドの怖さは伝わらないようだ。

「そうなんだ。あたしゃてっきり……」

「てっきり?」

「ん、いや。なんでもない。勘違いしてたみたい」

 なんのことかはわからないが、リサは納得していた。


 リサは立ち上がり、クレアの前に立つ。

「ねえ、踊らない?」

「はい?」

「さっきクレアのこと探し回ってるときに聞いたんだけど、昨日の夜、パジャマ姿でパーティ会場の近くを走ってた子がいたって……。起こした方がよかった?」

 リサはひざまづき、クレアに手を差し出した。

「まあ、会場じゃないし、BGMもないし、あたししかいないけど。舞踏会後夜祭ってことで、どう?」

 リサの手と顔を交互に見る。

 敵わないなあ、と思う。


 差しのべられた手に指先を添えた。


 石畳のダンスホール、夜空の照明。

 間近にはリサの横顔。体は密着し、息遣いが聞こえる。


 難解な理論も、負けた悔しさも、遠い水平線の向こうに消えていく。

 すべての重荷がなくなって、いつまでも踊り続けられるような気がした。


――――――――――


 眠ることなく踊り続けても、日は昇る。

 悩み、考え、悟っても、結果は突き付けられる。


 競技会最終日、魔術試合と研究発表の成績が発表される。


 試合の結果はだれもが知っている。一位、ニーナ。二位、アルフレッド。三位以下は直接対決が行われていない組み合わせもあるが、だいたいは生徒たちの予想通り。三位、リサ。四位、ダン。


 わからないのは発表だ。

 研究発表は審査員6人が採点し、順位がつけられる。学生の予想が大きく外れることも多い。表彰される本人すら、名前を呼ばれて驚くことがたびたびある。

 クレアは自分の名前が呼ばれた時、聞き間違えたのだと思った。リサに確認しても、頭は現実を理解できなかった。

 一位、アルフレッド、クレア。そのあとは知らない生徒が続き、六番目にようやくファナの名前が呼ばれた。


 上位の人間に自覚がなかったように、自信のあった生徒が絶望を突き付けられることもある。

 ファナの足元は崩れ去った。

 自分は優れているのだという自信が、他者を見下してもいい人間なのだという自負が、凝り固まった価値観が、反転する。己に牙をむく。


 それは死刑宣告に等しい。

 自分は見下される側の人間。世界にそう告げられたのだから。

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