ドレス
寮の自室、クレアは鏡の前に立っていた。手持ちの服を次から次へと体にあてる。
「たっだいまー! あー、食べすぎたー」
「おかえりー。食べすぎはいつもでしょ」
突っ込んではみたが、リサは本当に朝見た時より太っていた。どれだけ食べれば一日で体形が変わるんだろう。
リサはお腹を抱え、きょとんと首をかしげる。
「なにしてんの? 服?」
「うん。明日の発表で着る服。ちゃんとしたやつ探してた」
「ちゃんとした服かー…… ピアノの発表会みたいなやつ?」
リサは床に散らばった服を適当に拾い、視界の中でクレアと重ねてみる。
「制服で行くのかと」
「そのつもりだったんだけど。……ドレスコードは大事かなって。アルフレッドくんにも恥かかせるかもしれないし」
「あー、ほうほう。なーるほ。たしかにねえ」
リサは大仰にうなずいてみせる。胡乱な仕草だったが、クレアは服選びに必死で見ていなかった。
「アルくんは『服とかどうでもいい』とか言いそうだけどね」
「そうかな。貴族だし、気にすると思う」
「まあ、クレアが気になっちゃうのはわかるけど。……それにしてもクレア、制服以外の服少ないね」
「……制服とパジャマ以外の服って必要なの?」
「今度一緒に服買いに行こうか」
「リサ、お金持ってるの? 異世界のお金なんて使えないよ」
「いやー、試合すると稼げるとこがあるんですよ」
「それ非合法……どうせノンに教えてもらったんでしょ」
「え、ダメなやつ?」
リサは問い返す。違法ギャンブルだという自覚はなかったらしい。
「夏休み前に騎士団の入団希望あるから、入ったら?」
「なにそれ」
「治安部隊。二学期から入れるの。お給料も出るよ」
「なにそれいいじゃん! って、そうじゃない、服だよ、服! フォーマルなやつなんてあたしも持ってないしなー。……あ、そうだ。ちょっと待ってて!」
そう言って、部屋を飛び出す。
クレアが呆気に取られていると、戻って来た。手には数着のドレス。
「え、これどうしたの?」
「借りた!」
藍、緑、白、赤、色とりどりの生地がリサの両腕いっぱいに抱えられている。
一着手に取った。なめらかな肌触り。レースの模様を見れば貴族のものだとすぐにわかる。
しかし、このパターンのレースには見覚えがある。最近見た? それともクレアでも知ってるくらい有名な……。
「って、エザルカ家!?」
「そうそう。ニーナさんから借りた。友達が発表会出るからーって」
「いや、待って待って待って、私が着れるわけないよね? エザルカ家だよ? 公爵家だよ?」
「そんなすごいの?」
「すごいなんてもんじゃないよ! 公爵家の中でも特別、王でも手出しできない相手だよ!?」
「そうなん? まあ、別にいいんじゃない? 服着るくらい」
「貴族に対する認識が違いすぎる!」
クレアは頭を抱える。そういえばリサは異世界出身だった。この世界とは常識が違う。
「まあまあ、せっかく借りてきたんだし、部屋で試着くらい、ね?」
押し切られ、クレアはしぶしぶながら袖を通す。
軽い、それが第一印象。
重厚な見た目と裏腹に、まったく重さを感じない。高級品ってすごい。
「おー! かわいい! 次これ」
「かわ…そ、そうかな」
「うん、かわいいよ。クレア超かわいい」
「ほ、ほんと?」
顔が熱くなる。頭が心地よく痺れ、勧められるままに次のドレスを着た。藍色の、落ち着いたものだ。持ってきたものの中では地味なほう。
「おー。いいね、真相の令嬢って感じ。やっぱクレアこういうの似合うね」
「そりゃ、私は地味だけどさ」
「違うって。上品って意味じゃん。あたしだったら子供が着せられてるようにしかならないよ」
「そんな…リサのほうが、かっ……かわいい、し」
リサの持っている服を一着取り、突き付けた。
「じゃあ、遠慮なく」
リサはクレアから受け取ったドレスに身を包む。
深紅の生地。リサがくるりと回ると、襞のついたスカートが燃えるように揺れ動く。
炎が、舞った。
ハイキックを終えたままの姿勢でリサはつぶやく。
「やっぱちょっと動きにくいなー」
「……たぶん、戦う事は想定してないんじゃないかな」
動きやすいと言っても限度があった。




