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魔術師たちよ  作者: 八神あき
一幕 競技会編
22/68

ニーナ・エザルカ 対 アルフレッド・ドゥーラン

 リリアの言葉を反芻する。


 決して勝てない相手ではない。

 技量で勝負する限り、必ず勝機はある。

 絶えず新しい手を。同じパターンを繰り返すな。動き続けろ。主導権を渡すな

 ただひとつ、問題があるとすれば————


ーーーーーーーーーー


 常ならば四組の対戦席が設けられる場所。今日は二脚の椅子が向かい合って並べてある。

ニーナ・エザルカは席に座り、対戦相手が来るのを待っていた。


 喧噪が消える。千を超える生徒たちの目が、会場の出入り口に向けられた。

 アルフレッド・ドゥーラン。名門貴族の家に生まれ、捨てられた男。黒地に金糸の縁取りがなされたローブを波打たせ、空いている席に座る。

 ニーナが微笑んだ。

「久しぶり」

 幼く愛らしい顔立ち。純白のローブは神々しく、女神のようだとすら思える。


 アルフレッドは答える言葉も持たず、仮想世界へといざなう水晶玉に手をかざした。ニーナもそれに続く。


 現実世界の音が、消えた。


 無限に広がる荒野。ニーナは銀色のゴーレムとともに立っていた。

 メルクリウス、物心ついたころから使い続けてきた、もうひとつの自分。その正体は微細な粒子の集合体。粒子ひとつひとつに細緻な術式が組み込まれ、頑強さは通常の物質の比ではない。リサの炎も、最後の爆発以外は内蔵術式だけで防いでいた。


 常にすべての粒子を操っているわけではない。今は人型の一個体と見立て、シンプルな制御術式で操っている。戦闘中は意識のリソースをゴーレムの操作だけに向けることはできないからだ。


 ニーナはアルフレッドに意識を向けた。肉眼だけでなく、探知魔法も併用する。

 だからすぐに気づいた。体表面の“ゆらぎ”に。


 “ゆらぎ”、そう形容するしかない。強烈な力で光が軌道がねじ曲がっている。

おそらくは召喚魔法の際に生じるゲート。二つの世界が接する界面だ。それを両腕にまとっている。

 探知魔法の精度をあげ、魔界から漏れ出す力の正体を見極める。


(最上位悪魔? レベル12、いや13の魔力生命体。ほぼ神に近いくらいの存在かな)


 召喚魔法は費用対効果の高い魔法だ。自分自身よりも強い力を持つ存在も使役できる。だが、レベル13ともなると複数人の召喚を前提とする。まして魔力量の乏しいアルフレッドでは完全な顕現は不可能。


「なーるほ。だから半端な召喚で……」


 アルフレッドはゲートを開きっぱなしにし、悪魔の本体は魔界に残したままで、その力だけを利用している。

 本来、界面の発生は刹那。それを長時間維持し、ましてや体にまとうなど、神業だ。


 ニーナは思う。

やっぱり人間って、面白い。


 アルフレッドが駆けた。足首、前進に使う筋肉、姿勢制御に必要なインナーマッスル、ピンポイントで身体強化を施し、少ない魔力で強力な効果を発揮している。

(あの子って脳みそ三つくらい持ってるんじゃないかしら)

 ニーナは自身の考えを笑い、メルクリウスを動かした。水銀の腕が鋭い棘となってアルフレッドに伸びる。

 アルフレッドはそれを避けると、メルクリウスの懐に潜り込んだ。そして、連打。拳に威力は乗っていない、狙いも散漫。しかし――


 メルクリウスの表面が崩れた。黄色く変色し、軟性を失い、ぼろぼろと崩れる。

 腐敗。悪魔の力だ。


 ニーナは咄嗟に腐敗した部分を切り離す。腐敗の効果はあくまで触れられた部分だけ。体積比でいえば50分の1以下。

 だが、続ければ確実に削られる。


 メルクリウスが左右に分裂。間からニーナが飛び出す。体には結界をまとっていた。


 アルフレッドは三方に敵を持った。正面には腐敗の力が効かないニーナ。左右からはゴーレムが無数の針となって降り注いでくる。

 一歩、踏み込んだ。ニーナの突きを左手で受けると同時に、右手で軽くジャブを入れる。

 ニーナが怯んだ。

 左手でニーナの腕を引き込み、右手で胸ぐらを掴んで、投げた。そのままニーナと居場所を入れ替え、ゴーレムの攻撃もかわす。


 ニーナは空中で身を翻す。ゴーレムの分裂体で足場を作り、宙を疾る。右手は捨てる覚悟だったが、アルフレッドはニーナの体勢が整うのも見るや距離を取った。

 着地。次の攻撃を繰り出そうとするも、アルフレッドがいない。


 背後から気配。

(回り込まれた!?)

 振り向きざま後ろ回し蹴りを叩き込む。狙い過たず、アルフレッドのこめかみに吸い込まれるも、手応えなく通り過ぎた。

 幻影。

 気づいた時には遅い。


 ゴーレムの制御が失われる。

 術式破壊。ゴーレムを制御していた術が壊された。

 あくまで群体としての制御を失っただけ、粒子レベルの制御ならば可能。

 しかし、意識を切り替えるより早く、腐敗の力がゴーレムを覆った。


 ニーナはメルクリウスを捨てる。即座に魔力を地面に流した。土が盛り上がり、巨大な腕となってアルフレッドに襲いかかる。ニーナは地面から次々とゴーレムを生み出す。


 アルフレッドの脳裏に、リリアの言葉がよぎった。


 問題は、物量押しに切り替えられたとき。

 技量で戦う限り、アルフレッドには勝ち目がる。しかし、メルクリウスを倒されるか、自ら捨て、物量で来られたら厄介だ。


 たしかに言われた通り。厄介だ。

 アルフレッドはゴーレムをかわしながら召喚魔法を解く。腐敗の力の制御は完全ではなく、自身の体にも影響が出ていた。皮膚は壊死し、動きも鈍い。左手の感覚はほとんどない。


 距離をとって仕切り直したい。

 しかし、リリアの言葉が逃げようとする足を止める。


 ――距離を取るのは愚策です。一時的に楽にはなりますが、守りを固められます。突破する火力がない以上,一度距離を切ってしまえば勝機は二度と訪れません。怖いでしょうが接近戦の間合いを保ったまま仕留めてください。


 見る間にゴーレムの数は二十を超える。まだニーナとの直線状には3体しかいないが、周りは完全に囲まれた。

 腕が、足が、岩石の槌が、棘の生えた棍棒が、アルフレッドに襲い掛かる。


 無茶言いやがって。


 アルフレッドの感情が顔に出ていたのだろう。リリアはくすりと笑った。

 ――大丈夫です。必要なことはすべて教えていますから。

 こんな状況なのに、リリアのことを考えると頬が緩む。勝てるんじゃないかと思ってしまう。


 だから、アルフレッドは前に出る。


 右手を地面についた。土魔法と変成術を組み合わせ、鋼鉄の刃を作り上げる。

 ゴーレムの腕を切り落とす。しょせんは土くれ。変成術で生み出した鋼なら切り裂ける。


 無数のゴーレムは視野の周辺でとらえ、正面にはニーナただひとりを据える。


 ゴーレムの隙間に飛び込んだ。ニーナの顔面を突く。だが足場の地面が回った。背後から攻撃が来る。

 後ろ蹴りでゴーレムの拳を止めた。

 軸足に魔力を集中させ、飛んだ。ゴーレムの体を蹴ってニーナの背後に着地。逆袈裟に切り上げる。

 新たに生じたゴーレムがニーナをかばった。鋼鉄の刃は土の腕を切断し、胴に食い込み、ニーナを捉え——


 きん、と金属の音。


 刃がとまった。驚くのと同時、吐血する。


 意味がわからなかった。

 鼻腔からも血が流れる。目からも、耳からも。内臓を破壊されている。


 アルフレッドの理解が追いついたのと、ニーナがとどめを指すのは同時だった。


ーーーーーーーーー


 メルクリウスは完全に消滅したわけではない。

 アルフレッドの投げ技から逃れるために足場として使った部分が残っていた。


 メルクリウスの欠片、ニーナはそれを、粒子に戻してばらまいた。ミクロ単位の粒子は宙を舞い、気体のごとく漂う。


 常のアルフレッドならば気づいただろう。

 しかし、アルフレッドの腕は腐り、痛みに蝕まれ、体力は限界を越え、なけなしの魔力を振り絞って身体強化を続けるも、そのために意識のリソースの大部分が割かれている。


 即席ゴーレムは陽動。アルフレッドの意識を分散させるための餌。


 本命はメルクリウス。


 あまり動かすと勘付かれる。だから、アルフレッドの周囲に漂わせるに留める。あとは待つだけ。

 アルフレッドが呼吸するたび、宙に漂う粒子は、体内に入っていく。

 十分な量の粒子を吸ったあと、ニーナはそれを操る。肺の中にあった粒子は集まり、針となってアルフレッドを体内からずたぼろにした。

 さらに残っていた粒子を集め、刃をとめる。


 最後に、心臓を貫いた。

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