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魔術師たちよ  作者: 八神あき
一幕 競技会編
20/68

極致

 ダン・ウェイド。身体強化だけで序列十位にまで上り詰めた男。


 2メートルを超える巨体。浅黒い肌の下にははち切れんばかりに筋繊維が詰まっている。鍛え上げられた肉体の上には、穏やかな口元と理知的な瞳。


 試合がはじまる前の準備室。体感時間が引き延ばされた空間で、アルフレッドは考える。

 相手はリサと同じ一点強化型。ならば相手の間合いに入らず遠距離から叩くのが定石。


 しかし、試合開始時の彼我の距離は100メートル以内。達人相手には心許ない距離。ならば初めから近接戦闘向きの悪魔を召喚すべきか。

 戦術を組み立てると、魔術を行使。魔界への接続が始まり、此岸と彼岸の境が曖昧になる。世界の狭間となる界面が発生。冷気が溢れる。

 最後に、呼び出す悪魔の名を口にした。


 ——ルドルグ、と。


ーーーーーーーーーー


 景色が開け、アルフレッドは見た。100メートル先、ダンが地面に跪いている。

 背中を丸め、倒れ込まんばかりに前重心。手は地面に添えている。


 クラウチングスタート。地面との摩擦力を最大に活かせる姿勢。


 爆音とともに地面が弾ける。

 ダンは踏み出した一歩で地面を抉り、二歩目には加速を終える。100メートルの距離など気休めにもならない。

 身体強化を終えていないアルフレッドには知覚すらできない速度。それでも濃密な死の気配だけが迫ってくる。


 衝突の刹那、二人の間に黒い影が割り込んだ。


 腹に響く轟音。


 漆黒の壁がダンの突進を阻んだのだ。完全には受け止めきれず、凹み、きしみをたてるも、次の手を準備するのには十分な時間。

 アルフレッドは身体強化を終え、変幻自在の悪魔ルドルグに新たな命令を送った。


 壁は四散し、ダンの四肢にまとわりつき、拘束。しかし、

「ふん!」

 ダンは手足に力を込め、引きちぎった。敵を見据えるも、そこには何もない。


 周囲を見渡す。だれもいない。無人の荒野。

 黒い悪魔も、音すらもない。不気味なほどの静寂。

「なるほど。面白い戦い方をする」

 ダンは呼吸を落ち着かせ、目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませた。


 右側頭部に、ひやりとした感触。腕でガードすると、斬撃。皮膚がさけ、血が流れる。

 ついで右足。背中、頭頂、額。あらゆる方向から殺気が飛んでくる。おそらく、使い魔が刃物状になって飛んできているのだろう。刃物とわかれば叩き落とすまで。ひとつずつ確実に対処する。


 一方、アルフレッドは焦っていた。

 アルフレッドの幻覚は視覚だけではない、聴覚も触覚も、五感すべてを欺く。なのに完璧に対応されている。

 直感で幻覚が破られている。


 アルフレッドの動揺。それは使い魔にも伝わる。

 ダンは攻撃の間隙をつき、足を振り上げた。

「ふん!!」

 そして、地面に叩きつける。

 大地が揺れ、アルフレッドはわずかにふらついた。


 バランスを崩しただけ。幻覚魔法が途切れたわけではない。

 それでもダンはたしかにアルフレッドを見た。


 視線が合う。アルフレッドの心臓が跳ね上がる。


 300メートル以上の距離、ダンは一息でそれを詰める。

 ハイキックが、アルフレッドの顔面を狙う。


 ルドルグによる防御は追いつかない。両腕に魔力を集中させ、頭をかばう。


 視界が真っ白く染まる。それは一瞬のこと。気づけば宙を舞っていた。腕と頭に激痛。血が目に入った。首に力が入らない。地面にぶつかる。生きてる。だがガードに使った右腕はひしゃげ、捻じ曲がり、使い物になりそうにない。


 一撃でこのダメージ。これがたったひとつの道を極めた者の威力。


 幻覚は解けた。


 アルフレッドの姿を認めたダンは駆ける。無防備に地面に転がる獲物にとどめを指すため、猛獣のごとく襲いかかる。

 だれが見ても勝敗は決した。


 だから、その背後に油断が生じる。


 一本の槍がダンの背後から迫る。ルドルグがその全身を束ね、先端部に魔力を集中させた、漆黒の槍。勝敗を覆す不意打ちの一撃。


 だが、それでもなお足りない。


 ダンは左に地面を蹴った。それだけで槍をかわせるはずだった。

 だが、足が滑った。


「お?」


 完璧な制御の上に成り立っていた超人的な移動速度。それが、地面がただ一箇所ぬかるんでいたせいで崩れる。

 とはいえ、転ぶまでには至らない。すぐに体勢を立て直す。失速は一瞬。それでも、ルドルグには十分すぎた。


 槍は軌道を変え、ダンの右目に突き刺さる。


 残った左目が、アルフレッドの笑みを移した。

 左手の指先が地面に触れている。かすかな魔術の痕跡。

 初歩的な水魔法だ。大気中の水分を集めるだけ。消費魔力は微量、発動時間も一瞬。土魔法も組み合わせることで、より速くぬかるみを作ることができる。踏ん張りの効かない、滑りやすい、ぬかるみが。


 ダンの頭蓋に侵入したルドルグが、爆散した。ダンの体を内側から破壊する。

 膝をついた。


 アルフレッドが傷を庇いながら近づいてくる。


 ダンが動いた。アルフレッドが飛び退く。

 だが攻撃の意思はない。ダンはゆっくりと右手をあげると、ぐっと親指を立てる。

「……ナイス、マッスル」

 そして、息絶えた。


「…………別に俺は筋肉で戦ってませんよ」


ーーーーーーーー


 試合が終わる。意識が肉体に戻る。観客席の生徒たちから溢れんばかりの拍手で迎えられた。

「アルフレッドくん」

 呼びかけられる。向かいの席では先ほどまで死闘を繰り広げていたダンが朗らかな笑みを湛えていた。

 手を差し出される。面食らったが、すぐにその手を握った。


 離れた席ではニーナとリサが試合を終えていた。どちらが勝ったのかは表情を見ればすぐにわかる。クレアが駆けつけてきてリサの頭を撫でた。仲睦まじいことだ。


 ニーナが振り返った。視線が絡む。

 笑顔とともに手を振ってきた。


 明日、アルフレッドはニーナとぶつかる。

 一年前、アルフレッドは中高混合試合でニーナとぶつかった。結果は惨敗。


 それからの一年間、リリアに頼んで鍛え直してもらった。

 中等部で頂点に立ち、奢っていた自分を叩き潰してくれた人。越えるべき相手。途中でリサというイレギュラーに敗れたが、その借りを返すのは別の機会でいい。


 今、アルフレッドの視界にあるのはただひとり。

 史上最高の魔術師ルイ・エザルカの子孫、国防大臣の娘、最強の称号の襲名者。


 エザルカ家には勝てない。

 魔術世界の常識。


 アルフレッドはニーナを一瞥すると、無愛想に鼻を鳴らした。

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