国境
学園はイルセナ王国の北西部にある。
北は海岸、東には国境沿いの森。残りの二方は街が広がる。
二人は南側の街へやってきた。
石畳みの通り。両脇には四角い家が規則正しく建ち、街灯がぽつりぽつりと並んでいる。
街灯を結ぶ線はゆるやかなカーブを描いて西へ進み、交差点へ。四つの道が交わるそばには広場。静観な住宅街とは対照的に活気がある。二人の足は自然と活気に吸い寄せられていく。
500メートル四方の、石が敷き詰められた空間。中央には喫茶店があり、他にも食事の出来る店がちらほら。
「リサ、お金持ってる?」
「ない」
「しょーがないなー。待ってて」
ノンは出店のひとつに並んだ。店主は肉の塊を薄くスライスしてパンに挟み、レタスやトマトなどの野菜、最後にソースをトッピングする。見た目は完全にケバブだ。
「はい、これ」
「いいの? ありがと」
「うむ」
ノンは頷き、近くにあったベンチに腰掛けた。リサも続く。
「グライツスクエア。来たことある?」
「ううん。はじめて」
「ここらじゃ有名な観光地だよ。むかーしの戦争で勝った貴族さまを記念して建てたとこ」
ノンが広場の入り口にある塔を指さす。頂上ではブロンズの青年が剣を持って睨みを利かせていた。
「あの街灯ってさ、魔力で動いてるの?」
「そうだよー」
「魔力の授受って難しいんだよね? 魔道具が動くのって、なんかおかしくない?」
「拒絶反応は人体で起こるからね。魔道具はそんなこと気にしなくて平気」
「じゃあ魔力の授受って、二人には申し訳ないんだけど……あんま意味なくない?」
「そ。だから研究進んでないの。まあ、魔道具は簡単な術式しか使えないから、魔力授受にも一定の需要はあるけどね。それにしてもリサさんはほんとに何も知りませんな」
「すみませんねえ、田舎生まれなもので」
言うと、ノンは何かを思いつき、ふふんと笑った。
「じゃあ、国境も見たことない?」
「ないけど、どうしたの?」
リサが首をかしげると、ノンは笑みを深める。
「面白いもの見せてあげる」
ーーーーーーーーーー
レンタルのスクーターに乗り、通りを駆け抜ける。街を抜け、森林地帯に入った。
遠目に塔が見える。石造りの巨大な塔だ。どんどん近づいてくる。そこが目的地らしい。
塔の入口でスクーターを降りた。ノンに手を引かれるまま中に入り、らせん階段を登る。
「ここ、だれもいないの?」
「いないっちゃいない」
「どういうこと?」
「国境のそばだからな。たぶん感知はされてる」
「意味わかんないんだけど!」
「見せてからのが説明しやすい!」
走る速度をはやめる。身体能力が高いのは本当らしい。リサは軽く息があがる。
(階段ダッシュとか、最後にやったのいつぶりだろ)
部活を思い出していると、最後の段に到達。
頂上は腰の高さまでの壁と屋根だけ。縁に立つと眼下の景色が一望できた。
「おー、壮観」
どこまでも続く緑の海。地平線の果てにうっすらと太陽の縁が見える。藍色の空には鳥……にしては大きすぎる、鳥の姿をした何かが飛んでいた。
よく見れば森にも見知らぬ生き物がいる。真っ赤な巨人や、歪な緑色の人間。けっこう物騒だ。
「あれって、魔物?」
「だねー」
「……ここ、危なくない?」
「いや、世界一安全」
その言葉の意味はすぐにわかった。
巨人の一体が塔に近づいてくる。小さな獲物でも追っているのか、歩きながら地面を叩く。のそのそ歩いているように見えるが、一歩が大きいのでスピードはかなり速い。あと500メートルといったところか。
突如、地面から巨大な手が出た。巨人を握りつぶし、死骸を放り投げる。巨人が追っていた四足の猛獣も叩き潰した。
仕事を終えると手は地面に帰る。あとには撒き散らされた魔物の血だけが残る。
「なにあれ」
「バーバラ・エザルカ。ルイ・エザルカの子孫。国防大臣で、世界最強の魔術師。ひとりで国境線を全部守ってる」
「……すごいね」
それしか出てこなかった。
魔物たちはときおり国境へ近づくも、そのたびに巨大な腕が排除する。異世界に来た時は魔物とのバトルなんかも想像していたのだが、それが叶うことはないらしい。
ぼんやりと暗くなる空を見ていると、ノンがいなかった。
慌ててあたりを見回す。すぐに見つかった。塔の反対側で街を見ている。
「綺麗だね」
隣に立つと、サイドテールがぴょこんと跳ねた。
「わかりやすい眺めでしょ」
「なにが?」
「あれ」
ノンは魔道学園を指さす。こうして見ると巨大な城だ。周囲を威圧するようにそびえたっている。街には煌々と明かりが灯り、人々の喧噪さえ聞こえてきそうだ。
「魔術師が支配して、民衆は生活にいそしむ。で、その下」
目を凝らすと、街の外側にも居住区があっな。明かりはなく、建物もぼろぼろ。明るい街にへばりつく、暗い街。
「ホムンクルスの街。人間に作られて……道具とされて、さげすまれも、それでも離れられない」
ノンはリサを一瞥し、自嘲気味に笑う。
「平等化政策でホムンクルスも市民権を獲得できるようになった。けど、法が変わっても社会は変わらない。おかしな話でしょ。……リサはどう思う?」
問われ、ふとアルフレッドとの会話を思い出す。
「……現状を変える勇気もなく、仲間同士で傷をなめ合って『今のままでいい』ってごまかしあう。自分の意思じゃ何もできない無力なやつら」
「へえ、うまいこと言うじゃん」
「アルくんが言ってたんだよ。それが、アルくんの見てきた世界なんだって。そういう意味では、人間もホムンクルスも同じかもね」
「答えになってなくない?」
「ダメだった?」
リサが問うと、ノンは首を振った。
「……帰ろっか」
学園に戻ったのは消灯時間ぎりぎり。こっそりと門を抜け、寮に忍び込んだ。
無事、教師には見つからずに済んだ。その代わりクレアにメチャクチャ怒られた。




