四大課題
リサとファナは校長室で並んでいた。机越しに校長のエルランが座っている。
エルランは70を過ぎた女性だ。肌は幾重にも皺が重なり、髪は白くなっても眼光の鋭さは衰えていない。二人に視線を投げかける。
「言い訳はそれで終わりかしら?」
二人は一時間以上かけて、昨夜の出来事を説明した。ファナはリサに侮辱されたのだと言い張り、リサは喧嘩を売られただけだと言い返す。
押し問答が続き、言葉も尽きたのを見てエルランは話し始めた。
「処分は停学十日、成績から三百点減点とします」
「それだとわたくし、上位生から……!」
「あなたが先に魔法を使ったのはわかっていますからね」
ファナがやり込められたのを見て、リサはいい気味だと内心笑う。
「とはいえ、競技会までもう二か月を切りました。今、環境が変わって余計なストレスを与えるのはこちらとしても不本意です。よって、競技会が終わるまでは今の部屋に住むことを許します」
「あ、ありがとう、ございますわ……」
「ただし、使える特典は寮と資料室の閲覧のみ。仮想空間外での魔力制限は他の生徒と同じですからね」
エルランが言い終えたところで、リサが手をあげた。
「どうしたましたか」
「ファナだけ執行猶予つきはズルいと思いまーす」
「わたくしとあなたでは立場が違うんですのよ! 平民が調子に乗らないでくれます!?」
「ファナ」
エルランの一言で、リサに剣幕を立てていたファナは押し黙る。
「こういうことは言いたくないのだけれど、たかが伯爵家の分際で調子に乗らないことね」
エルランの家格は公爵。王族とも近い血筋だ。ドゥーラン伯爵令嬢に過ぎないファナの敵う相手ではない。
「では、減点処分は二人とも競技会後。また、試合か発表会、どちらかで一位を取れば処分は取り消しにします。上位生としての特権を持たないリサ・トウドウには意味のない猶予かもしれませんが、それは積み上げたものの違いだと理解なさい」
「はーい」
「それと、資料室は二人でもとの状態に戻すこと。もちろん、完璧な状態に」
二人にそれ以上の言い分はなく、うなだれて校長室を出た。
資料室は惨憺たる有様だった。床には数百の書籍がまき散らされ、壁はところどころ崩れている。ゴーレムの四肢が飛び散り、床は原型をとどめていなかった。
「これ、どうすんの?」
問うと、ファナは舌打ち。
「補修は魔法を使うしかありませんわね。それ以外は手作業ですわ」
「魔法禁止じゃなかったっけ?」
「あなた校則も知りませんの? 一切禁止ではなく使える魔力に制限があるだけですわ」
「制限って、どのくらいまで?」
ファナは不機嫌顔で炎を出す。20センチほど燃え上がり、すぐに消えた。
「このぐらいですわ」
「なるほど。それで、直せるの?」
「あなた質問ばかりしてないで少しは自分で考えなさいな。これだから平民は」
「あ?」
リサが睨むと、ファナは恐怖に目を染めて縮こまる。だがすぐに気丈な笑みを張り付けた。
「しゅ、出力が制限されてる以上、時間をかけるしかありませんわね……」
「ふーん。ま、あたしはそういう器用なことできないから。本拾っとくね」
役割が決まり、おのおの作業に取り掛かる。ファナは魔法を使って床を補修し、リサは本を棚に戻していく。
十分ほど作業したときだ。
「あなた何やってるんですの!?」
ファナが叫んだ。リサのもとへ駆け寄ってくる。
「何って、本並べてるの。見ればわかるでしょ」
「ぜんっぜん元の配置と違いますわ! あなた、バカなんですの!?」
「並びとか適当でいいじゃん。綺麗になったらいいでしょ」
「猿! 野蛮人! 完璧にって言われたでしょう!」
「そんなこと言ったって……何冊あると思ってるの? ていうか、ファナは全部わかるの?」
「五万と781冊ですわ。並びも覚えてますわよ」
「え……」
リサの顔が引きつる。
(なんでこっちの人たちってこんな頭いいの!? あたしがバカなだけ!?)
「あなた、戦う以外になんの能もないんですのね」
「それはまあ、……そうかも」
「認めるんですのね」
ファナは頭を抱える。
「わかりましたわ。あなた、わたくしの指示通り動きなさい」
不服だが、リサ自身も役立たずなのは自覚しているので反論はない。
「とりあえず、瓦礫をまとめなさい。本は後回しですわ」
二人は作業を再開。ファナが指示を出すほかは一言もしゃべらずに手を動かす。
丸一日かかって片付けが終わる。ファナが補修を終えてからは魔法で何十冊もの本を移動させたので、速度が上がった。
「その物浮かせるやつどうなってるの?」
「下級悪魔ですわ。戦闘力は皆無ですけれど、サイコキネシスを使えるので日常生活で便利ですわよ」
ファナが指を鳴らすと、肩の上に黒い肉塊が現れた。直径50センチ、表面に無数の目があり、ぎょろぎょろと周囲を見回している。
「キモ!」
「だから見えなくしてるんですのよ」
再び指を鳴らすと、肉塊は消える。
「明日は朝食を終えたらすぐ来なさい。続きをしますわ」
「え、もう終わりじゃないの?」
「バカなこと言わないでくれます。どう見ても汚いですわ。明日は掃除しますわよ」
「意外とちゃんと仕事はするんだ……」
「当然ですわ、評価に関わりますもの」
「評価って、三百点減点、とか言ってたやつ? あれなんなの」
「本当に何も知らないんですのね……。高等部の人間はすべての行動が採点されてますわ。学業の成績、態度、試合の結果。学園のこと以外でも何かしら功績をあげれば加点されますわ。上位十人が特別扱いされるのは知ってますわよね?」
リサがうなずくと、話は終わりとばかりさっさと帰っていった。
部屋に戻ると、先にクレアが戻ってきていた。机の上に資料を広げ、ペンを片手にうなっている。
「やっほー。どう、順調?」
聞いても返事はない。数秒待つと、クレアははっとしてペンを下ろす。
「リサ、おかえり。何か言った?」
「順調そう?」
「うーん、難しいかな。そもそも術式パズルを既存のコードに組み合わせること自体前例のないことだし、成功すれば既存のどんなアルゴリズムよりも高速で処理がこなせるんだけど……」
「そうじゃなくて、アルのこと」
「ああ、それは、うん。大丈夫」
リサが資料室で作業している間、クレアはアルフレッドと課題に取り組んでいた。
「そっかそっか。それはよかった。てか、アルとクレアが組んでもそんなに難しいの?」
「そりゃ、四大課題のひとつだし」
「四大課題?」
「時空の操作、死者の蘇生、知能の再現、魔力の授受。天才魔術師ルイ・エザルカが人類に残した四つの課題」
「時空をどうこうとかは難しそうだけど、魔力渡すのってそんな難しいの? 人の体に魔力ぶち込めばいいんじゃない?」
「それやると死んじゃうから、絶対にやめてね?」
フリじゃないよ、と目が物語っていた。
「まず魔素の説明からはじめるね。魔素は特殊な物質。通常の物質は同時刻に空間上の同じ点を共有できない。けど、通常の物質と魔素は同じ点を共有できる。体内に魔力が流れてるのはこの性質のおかげ。魔素は物理的な力の影響は受けないけど、人間の意思に応じて動くの。魔素の動いてる状態が魔力。魔力の強さは動いてる魔力の量と速さで決まる」
文系選択のリサには頭が痛い話だった。
「人間はそれぞれ生体魔力を持ってる。生体魔力の構成単位は紐状で、複数の魔素が並んでる。魔素の並びは人それぞれ違って、配列が異なる魔力が体内で混ざると拒絶反応が起こる。痙攣や出血、ひどければ死ぬ。だから、受け取る人の生体魔力と同じ並びで魔素を配置すれば、魔力を受け取ることができる」
「簡単そうじゃん」
「だから、理論上は可能なの。魔素の種類は四種類しかないから、特定するのはさほど難しくない。けど、生体魔力の一本の紐は30億の魔素が並んでる」
「三十億?」
「そう、三十億。ちなみに、一本の紐だと魔法なんて一つも使えない。50本あってようやく目視できるサイズの火が出せるくらいだね」
「30億かける50って……1500億?」
途方もないスケールの数字が出てきて、リサは眩暈がした。
「とりあえず、あたしができることはなんもなさそうだね!」
「リサは早く罰終わらせて。停学でも部屋で自習はできるでしょ?」
「うぅ、スパルタだ……」
十日間は勉強しなくてラッキーと思っていたのだが、しっかり家庭教師された。




