恐怖の大王
クレアが資料室で本を読んでいると、頭に紙屑が飛んできた。
飛んできた方向には男女四人のグループ。クレアを見てくすくす笑う。
リサがいなくなった途端にこれだ。
どうでもいい。
リサやアルフレッドがひと睨みすれば逃げていくような連中だ。相手にする価値はない。
読書に戻る。読んでいるのは魔力授受を試した実験の記録。何百とある実験のほとんどが似たようなものの繰り返しだ。しかしどこかにヒントがあるかもしれない。
「お疲れ。何か見つかった?」
本を抱えて戻って来たリサが隣に座る。持ってきたのは「元素魔法のいろは」中等部で使われている教科書だ。
「なんにも。一日で見つかるようなものじゃないし。私は調べものしてるから、リサも自分の勉強してて」
リサはうなずくと本を開く。読みながら手のひらに魔力を集め出した。
「ちょっと待って!」
「え、どしたん?」
「勉強はしていいけど、実践はやめよう。リサの魔力だと資料室が吹き飛ぶ」
「えー」
不服そうだが、魔力はひっこめた。
リサが戻って来たことで、ちょっかいを出す輩も鳴りを潜める。読書に集中できると安心した矢先だ。
「ねー、飽きた。外行かない?」
「…まだ、5ページも読んでないよね?」
「やりながらじゃないと覚えれない」
じゃあひとりで行ってくれと思うが、リサと離れるとまた幼稚な同窓生らが活動をはじめる。
どうしたものかと考えていると、隣にだれかが座った。
「やほー、久しぶり」
「あ、ノン」
「だれ?」
「リサさんははじめまして。ノン・ベルベットだよー」
ノンはひらひらと手をふる。
小さい女の子だ。顔立ちは幼く、赤毛をサイドテールにまとめている。ガウンの縁取りは赤色なので一年だとわかる。椅子の下では地面に届かない足をパタパタと揺らしていた。
「あたしのこと知ってるの?」
「そりゃ、有名人だからね。恐怖の大王、アルフレッド・ドゥーランを倒した勇者として」
「アルはいったいどんな扱いなんだ……」
「そっか。転入組は知らないのか。ね、クレア言ってもいいと思う?」
「まあ、みんな知ってる話だし」
クレアは一言言って読書に戻る。リサの相手をしてくれるならちょうどいい。
「アルフレッド君はね、入学したころはいじめられてたの。でも、強くなって試合で復讐。見てたみんながドン引きするレベルで痛めつけたの。それでいじめはなくなったんだけどね」
リサはうなずいた。アルならそれくらいやるだろう。だが、疑問もある。
「その頃って、リリアさんはいなかったの?」
「うん。校内は関係者以外立ち入り禁止だからね。たぶん、近くに住んでたんだと思う」
「今、寮に住んでるじゃん」
「上位生だからね」
「上位生なんでもありだな」
「そ。中等部で頂点に立って、高等部に来てすぐ上位生入り。今はメイドさんと一緒に幸せに暮らしてるわけよ。なんというサクセスストーリー」
「そんな感じには見えないけど」
「そうなの?」
「部屋でいつも勉強してるし。余裕そうな感じはないかな」
「さっすが、できる人間は時間を無駄にしないねー」
ノンは感心しているが、リサには違和感があった。常に張り詰めて、何かを目指して努力するのは美徳なのだろう。だが、そんな生き方で疲れないのだろうか。
アルの心境を考えた末、「よし」と一声。
「なに、どしたん?」
「あたしの座右の銘は『三日修行して三日休む』なの」
「へ、へー。うん、いい言葉? だね」
「アルにも教えてあげようと思って」
ノンはまったく状況を理解できていないようだが、リサはさっそく行動に移った。
ちょうどクレアも上位生の資料室に行きたかったので、二人はアルフレッドの部屋をノックした。リリアに通されて中に入る。アルフレッドは椅子の上で考え事にふけっていた。
「アルー、資料室行きたいんだけど」
「? ……ああ、ここのってことか」
「そそ。上位生の許可あったらいいんでしょ?」
アルは机の上にあった水晶板を操作して画面を見せてきた。6桁の数字が表示されている。
「鍵だ。覚えろ」
リサは自分の記憶力は信用していない。クレアに覚えてもらう。
「ありがとー。ところで、話変わるんだけどさ。やっぱり一緒にやらない? 研究発表」
「同じことを二度言う人間は嫌いだ」
「まあまあ、ひとりが好きなのは知ってるけど。一回くらい協力してみるのもいいんじゃない?」
アルフレッドは返事をせず、リリアに視線を送った。
「リサさま。申し訳ございません。今は研究のことで頭がいっぱいですので、あまり話しかけないであげてください」
リサはアルの顔を見る。たしかに、いつもと違って心ここにあらずといった様子。
「行き詰ってるってこと?」
舌打ち。アルフレッドがリサを睨みつける。
「ああ、そうだ。だから集中したい。用が済んだならさっさと出ていけ」
「行き詰ってるならなおさら一緒にやろうよ。あたしはこんなだけど、クレアは頭いいし」
「くどい。他人の力を借りて成功するくらいならひとりで失敗するほうがマシだ」
「それって、昔のことがあるから?」
「……くだらんな。自尊心の問題だ」
強い口調。それ以上は何を言ってもアルフレッドの態度は変わらず、二人は部屋を出た。




