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魔術師たちよ  作者: 八神あき
一幕 競技会編
1/66

藤堂リサ

 クレアは急いでいた。春休みなので実家に帰っていたのが原因だ。寮よりもずっと快適なベッドがいつまで経っても放してくれなかった。

 こんなとき召喚魔法でも使えれば適当な使い魔でひとっ飛びなのだろう。だが悲しいかな、魔導言語学が専門のクレアにそんな芸当はできず、さらに言えば魔力ゼロの体質のせいでちょっとした身体強化もできない。

 結果、魔道具に頼ることになる。愛用のスクーターにまたがり大通りへ飛び出した。通行規制ぎりぎりの速度で行けば間に合う、かもしれない。

 だが不幸とは続くものだ。

 スクーターに積載していた魔力球が尽きてしまった。ハンドルをひねっても速度は落ち、やがてとまる。

 いや、不幸ではないだろう。乗る前に残量を確認しなかった自分が悪い。

 クレアは言い訳の余地すら失い、ただの重りとなったスクーターを引きずりながら学校へ向かう。

 遅刻は確定。

 ただでさえ魔術の使えない、理論の専門家は肩身の狭い思いをしているのだ。教師受けも悪い。王立魔道学園に入れたのも、平等化政策の恩恵でしかない。

 これはもう退学かな、諦めの眼差しを地面に落とし、とぼとぼと足を動かす。

 と、衝撃。

「あ、ごめんなさい」

 謝ると、ぶつかった相手は振り向いた。

「いえいえ、別に」

 そこでクレアの視線は目の前の少女、おそらくは同い年の、自分と同じ制服を着た少女に釘付けになる。別に胸が大きかったから見たわけではない。

「えっと、生徒さんですか?」

「って、あなたも!? ちょうどよかった、道わからなくて!」

「道はここをまっすぐ行けばいいですけど……徒歩じゃ間に合わないと思いますよ?」

「え、マ?」

 こくりとうなずく。

「えーっと、新入生ですか?」

 もう間に合うはずもないので、のんびり会話でもしようと話題を振った。

「うん。あなたは?」

「私は中等部からのエスカレーター組なので」

「そうなんだ! ていうか、それなに? バイク?」

「ば、ばいく? いえ、スクーター……正式には浮遊式魔力組み込み型移動具ですね」

「へー。そんなのあるんだ」

「どこでも走ってると思いますけど……どんな田舎から来たんですか?」

「え!? あ、あー、そうだね。そういえば見たことあるようなないようなー……あはは!」

 少女は目を泳がせながら言う。

「あ、あたしリサ。よろしく」

「これはどうも。クレア・クレスです」

「ね、これって乗れないの?」

「肝心の魔力球が尽きましたからね。財布も忘れたので新しい動力も買えないです……」

「ん? 自分の魔力じゃダメなの?」

「私は魔力ゼロなので」

「じゃあ、あたしは? 運転していい?」

「乗ったことあるんですか?」

「いちおー大型持ってるよ! 250までしか乗ったことないけど!」

 ときどき知らない単語が混じるが、田舎だと特殊な魔術体系が発展していたりするので、そういった類だろう。

「乗り方教えて!」

「ここにまたがって、ハンドルを握って。右手を内側にひねるだけです。魔力は勝手に吸われますから」

 転入組の魔力なら大したことないだろう。クレアは高をくくって後ろにまたがる。スクーターの最高速度は供給魔力に応じて上がるからだ。

 リサがハンドルを握り、クレアはリサの腰に手を回して体を固定。やけにいい香りがする。……田舎にはいい石鹸があるのだろうか。

「じゃ、行くよー」

「はい。……って、え、ちょ、待って! 速い速い速い! とめてえええ!!!」

「あっははははは! なにこれすっご!」

「速度! 速度制限ありますから!!」

「なんてー!? 風で聞こえなーい」

「と め て えええええ!」

 結局、二人して速度違反でとめられた。当然遅刻した。



 魔道学院、上位者寮の一室。

 アルフレッド・ドゥーランは開いた本を枕に眠っていた。ガウンは乱れ、短く切った黒髪は荒れ放題。貴族としても優等生としても落第な姿。

「アルフレッド様、起きてください」

「んー……あと五冊」

「読むなら現実世界で読んだ方が建設的です。それより、早く起きないと不戦敗ですよ」

 不戦敗、その言葉にぴくりと反応。目をこすりながら体を起こす。

 リリアは主人が伸びをした隙をとらえ、ガウンを引っぺがして新しいものに取り換える。髪を整え、よだれの痕を拭けば学年最強にふさわしい出で立ちへと様変わりした。

「ダブラリギルベ。クワドアルフシムダラ?」

「早く夢から覚めてください。古エギルの会話に答えてくれる人間なんていませんよ?」

「あー、フレカルリア。サマルダ……牛乳」

「どうぞ」

 天才と名高いアルフレッドは天才の例にもれず変人だった。本で読んだ記憶は鮮明なのだが、詰め込みすぎたせいで、たまに日常会話で使う語彙を忘れる。寝起きだと共通語も忘れる。もちろん人の名前なんてめったに覚えない。

「えーっと、新入生との試合だっけ? なんで俺がそんなこと……」

「入学試験の成績によって相手が選ばれますから。アルフレッド以外の生徒には荷が重い新入生がいるのでしょう」

「新入生に負ける生徒なんて王立学園から追放しちまえ。ったく、もうちょっとで魔素力学は最先端研究に追いつけたのに」

「はいはい、あとでたくさん褒めてあげますから。今は早く支度してください」

 ぶつくさ言いながらもアルフレッドは部屋を出る。

「一応言っておきますが、油断は禁物ですよ」

「はー? お前はこの俺様が負けるとでも思っているのか?」

「アルフレッド様はもともと対戦相手を研究して勝つタイプです。初見の相手では不利ですから」

「ったく。心配性だな」

「それとも、手を抜いて戦って、負けたあとの言い訳にしようとしてるんじゃないでしょうね?」

「あー、もう! わかったよ! ちゃんと手を打って戦う。転入生はたしか事前教育があったな?」

「科目のリストです」

「おお、準備いいなお前……」

 リリアから受け取ったリストに目を通す。身体強化や探知魔法など、初歩的な系統外魔法ばかりだ。修得難易度は低いが、使い勝手はいい。

「あとはまあ、魔力次第だな。念のため先輩なみの魔力量で想定しとくか」

 傲慢不遜のアルフレッドが『先輩』などと敬称をつける相手はひとりしかいない。学園一位のゴーレム使い、ニーナ・エザルカだ。

 廊下を歩いている間に戦い方を決める。

 試合会場となるホールにつくと、ひとりで進んだ。リリアは廊下で待つ。

「いってらっしゃいませ。夕飯は食堂でなさいますか?」

「いや、部屋で食う」

「かしこまりました。ご武運を」

「大げさ」

 リリアと別れるなり、ちょっと邪見にしすぎたかなと後悔がよぎる。

 幼少期にドゥーラン家で選別にもれ、家畜小屋行きとなった自分を拾い上げ、育ててくれた恩人であることに変わりはない。最近はちょっと過保護すぎな気もするが。

 帰ったらもうちょっと優しくしようかな、と思いながら対戦席につく。向かいに座ったのは黒髪の女。隣に立っている女子生徒は友人だろう。女子生徒はアルフレッドの顔を見るなり頬を引きつらせる・

「うげっ、アルフレッド君……」

「知り合い?」

「いや、たぶん私のことは知られてないかなー」

「ふーん。そうなんだ。ま、なんでもいいけど。で、対戦ってどうやんの?」

「そこにある水晶球に手をかざせ」

 アルフレッドがいらだち混じりに言うと、女子生徒は飛び上がる。対戦相手は落ち着いて言葉に従った。

 二人の座る椅子の間にはテーブルが置かれ、そこに水晶が乗っている。水晶に手をかざすと、二人の意識は仮想空間へと飛ばされた。

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