トイレ
食パンを買ってきた。
「これじゃない」って言おうとしたけど、やめた。何を持ってきても、これじゃないなんて、そこまで意地悪くないし。ちょっと言いたいけど。私ってこんな人間だったかしら???。
キッチンを説明し、薫に作らせた。そのかわりとして一緒に食べる。そして、毎日朝食をここで取るように告げた。ちゃんとした食事だよ。ほら。
私はトーストとコーヒー。
薫はトーストと牛乳。
無言の世界が広がる。
「そー言えば、夕飯って”余りもの”って言ってたよね」と聞いてみる。
『うん、はい』と言い直して
『ばーちゃんの喉が通りやすいもの、おじやとか、スープみたいな』
「それだと、お腹すかない?」
『大丈夫です』
この子は何を聞いても”大丈夫”と言う。
「う~ん。そうね~」
「水曜日の夕飯と土曜日のランチを付き合いなさい」と言ったら
すかさず
『良いんですか?』と返ってきた。
やっぱ、足らないじゃん。
「水曜・土曜は朝は無し、自分で何とかしなさい」
『ありがとうございます』
毎朝来られるのも困るし、あと一回ずつで2週間も経つし。
完治したら、どうなるんだろう?
あんまり、考えてないけど。まあ。どうでもなるかぁ~。
水曜の朝に『おはようございます』ラインがあった。モーニングコール???返信はしなかった。
体調がすぐれない。隠遁生活が長いせいなのか、体に変な癖がついている。薫が朝に来なかったせいか、昔の生活に戻ったような、、、。着替えるのすら、めんどう。
約束の夕飯は部屋で取ることにした。外出する気も、食事をつくる気も全くない。ファストフードを買って来させることにした。私はサラダで十分。薫は好きなものを選ぶようにと言ってある。飲み物は自分で用意したほうが良い。お湯を沸かしハーブティーで。
体も重いような気がする。気分もあまり優れない。音さえもうざく感じる。それでも、少し微笑みながら、薫と向かい合わせで食事をとる。顔が髪で隠れて良く見えない。こちらを見ないから睨んだ。
何ビビってるの。怖か~ないよ。
薫が後片付けをし、程なくしてトイレに行った。
「ジョボジョボ」音がする。それも長い間。
ふぅん。何その音。
私は勢いよくトイレのドアを開けると、上がった便座とズボンを上げる薫がいた。
「あんた、何してんの?」
『えっ、おトイレ』
「そんなことは分かるわよ、立ってしたでしょ。」
『うん』
「だめに決まってるでしょ」
『、、、、。』
「ハイは?」
「座ってするの」
『、、、、。』
「分かった?」
『はい』
「もう~、トイレの回りを拭いて、便座を元に戻して。」
トイレのドアを閉めると、薫が分かるわけ無いと思った。白は何度言っても聞かなかった。それを我慢した。そんなことは嫌だ。薫には絶対守らせる。
おもむろにクローゼットに行って、香水を持ってきた。私が白にプレゼントしたやつ。別れた時に持って行かなかったやつ。何となく捨てられずにいたやつ。
トイレを開けると渡し
「匂いが気になる時があったら、これを一吹きするのよ」
「ううん、どんな時も洗面に入ったら毎回やるのよ」
「かならずよ」
「ほら、やってごらん」
薫は上に向けて一吹きする。香水の粒は手から放たれ薫を覆った。香水は少しづつ減っていく。空になったら瓶はゴミよ。割ってもいいわ。リビングに座ると、ほんのりと薫から香りがしてくる。小さい犬のように怯えている。まだ、何か怒られると思っている。
私の好きな香り。気持ちが落ち着いてきた。
「それと、トイレは鍵をかけてね」
「強く言ってごめんね。薫」と声をかけた。
黙ってないで、お返事はなんかあるでしょう。目の見えない、その前髪! が気になる。なんで目を隠す?全く表情が分かんないよ、もう~。うざっ。
「こんど、一緒に髪を切りに行こうか?」
『まだ、大丈夫です』と言った、けど、
「そうね、土曜のランチの前にしよう」
その変に伸びた不潔そうな髪は嫌。
今度の土曜日で2週間の節目。ちょっとだけ厳しかったかもしれないけど、薫は良くやってきた。あとは、私のためにバイトで稼げ!なんなら私が高額バイトを紹介しちゃうわ。