08. 冒険者の心得
ギルドの裏手にある訓練場は、学校の運動場に似ている。テニスコートくらいの大きさがあるフィールドで、この世界の人々は力量の優劣を競う。
そこへ引っ張られてきた俺は、ラウラが話しかけてくるのも上の空で適当な返事をしていた。
5分くらい経っただろうか。ようやく試験官のおっさんが姿を現した。筋骨隆々のいかつい方だ。これまで多くの修羅場をかいくぐってきたためか、実年齢よりは老けて見える。
おっさんは2人を一瞥し、口を開いた。
「お前か? 冒険者になりたいという若僧は」
「はい! まだまだ至らない未熟者ですが、何卒宜しくお願いします」
挨拶をしたのはラウラだ。俺は軽く会釈しただけ。
おっさんはそんな俺の態度を咎めることもなく、簡単にルールを説明する。
「俺が試験官のヴァルガだ。試験は簡単。あそこの的に向かって攻撃してもらう」
ヴァルガというおっさんが指した方に目をやると、100メートルくらい先にカカシのようなもの5つほど設置してある。あれが的のようだ。
「方法は何でもいい。魔法でなく、武器を使っても構わない。必要によっては、その後に俺と模擬戦をやってもらう。傍から見ただけでは、分からないこともあるからな」
「………………」
俺は返事をせずにいたが、ラウラに突かれて少しだけ頷いた。
「では、早速だが見せてもらおう。挑戦者は線のところへ」
観念して、ため息をこぼしつつも、指定された位置に立った。
俺に、どうしろと言うんだよ……。
ぼんやりと前方を見てるだけで、目線は空を眺めていた。
何度もため息を繰り返すばかりで一向に動こうとしない俺しびれを切らしたのか、見物する2人が声をかけてくる。
「おい、早く始めろ」
「キリル、頑張れー!」
ラウラは俺が大きな魔法を使おうとしていると信じて疑わないのか、期待に満ちた目を向けている。
だがラウラの琥珀色の瞳が輝くほど、俺の憂鬱は増していくのだった。そんな目で見ないでくれ。
「仕方ない。やるしかないか……」
決意を固めて、地面を蹴って走り出した。
俺は武器も携帯していない。ヴァルガさんたちは俺が魔法を使うものとばかり考えていたのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
トットットット
「……ん?」
ラウラは知っていたが、俺と初対面のヴァルガさんはあまりの鈍足に眉を顰める。
30秒近くかけて、ようやく的の前に辿り着いた。すでに息も絶え絶え。そこから目を見開き、俺は地面を踏み込んだ。
「えいっ!」
コツン
「「………………………………え?」」
ヴァルガさんはあまりの光景の異常さに自分の目を疑い、高速で瞬きを繰り返した。
ラウラはというと、生きたまま銅像のように固まっている。
「いっったーーーすっっっっっ!!!」
訓練場で唯一動きを止めない俺は、的を殴った左の拳を撫でながら何度もピョンピョンと跳ねている。
「…………馬鹿なのか、アイツ。試験用の的は優秀な魔法使いが攻撃しても消失しないように、強固な金属でできている。それを拳闘士でもないヤツが素手で殴ったのだから、痛いのは当たり前だろーが。学校で教えてもらわなかったのか?」
知らんがな! 先に言ってよ!! 俺は入学早々不登校になったんだから、知る由もないんだよ!
やがて、ようやく瞬きを落ち着かせたヴァルガさんが、俺に歩み寄ってきた。
(何やってるのよキリル!? ヴァルガさんは頑固で、不真面目な人に対して厳格と有名なのよ。しかも数年前までは現役のBランク冒険者。借金取りのチンピラとは天と地くらい差があるんだから。いくらキリルでも、さすがに相手が悪いわ……)
ラウラの方を見れば、息を飲んでその様子を見つめている。
なんか頭を抱えてるけど、やっぱりマズかったかな?
「……お前、ふざけているのか?」
ヴァルガさんは巨躯の上から俺を見下ろし、声を絞り出すように言った。
気まずくなった俺は、サッと視線を逸らす。
「俺は自分ができることをやっただけですよ」
「貴様ッ……!」
紛れもない本心、真実。だけど、そんなことは伝わらない。校舎裏でタバコを吸う不良生徒を見つけた熱血教師のごとく、ヴァルガさんは怒り出した。
「お前、こっちに来い! 俺が直々にその腐った根性を叩きのめしてやる!!」
「え!? それはさすがに……」
声の主は、俺ではなくラウラだ。
俺を連れてきてしまった責任を感じているのか、その顔からは血の気が引いていた。
後に聞いたことだが、この町の冒険者であれば、酒場で語り継がれるヴァルガさんの武勇伝を知らない者はいない。
酔っぱらっている時に、Aランククラスの亜竜を一太刀で切り捨てたなんて逸話もあるんだとか。
「もう冒険者とか結構なんで、帰ってもいいですか?」
あ。思ったことが、つい声に出てしまった。
ヴァルガさんはこめかみに皺をよせ、口元はヒクヒクを震えている。間違いなく火に油を注いだね。
「愚か者がぁーーー! 調子に乗るのもいい加減にしろー!!」
ヴァルガさんは抜刀し、俺の方へと襲い掛かった。
彼の手にある剣は訓練用に刃が潰してあるとはいえ、それを勢いよくぶつけられたら重傷は避けられない。
「キリル!!」
「ふんぬぅぅぅぅぅ!!!」
ラウラは俺を守ろうとしてか、魔法を使おうとする。
若手の彼女では熟練の実力者に敵うはずもない。それでも、せめてもの悪足搔きを試みようとしたらしい。
しかし、ヴァルガさんの攻撃は俺まで届かなかった。
「ど、どうなっている……!?」
ヴァルガさんは何度も剣で突っ立っているだけの俺を殴ろうとする。だが、その度に何か見えない壁のような物にはじき返される。
「ええい! なぜだ、なぜ当たらない!?……うぐっ!」
ヴァルガさんは現実を受け入れられず、なかなか諦めようとしなかった。そこへ、背後から衝撃を感じた。
ラウラの魔法による攻撃を食らったのだ。
水を差されたヴァルガは、鋭い目でラウラを見る。おー怖い。
「おい、今は指導中だ。邪魔をするな!」
「こんなの、指導なんかじゃありません!」
「何だと!?」
反論されるとは思っていなかったかのか、ヴァルガさんは眉を吊り上げた。
しかし、ラウラは彼の威圧感に屈しなかった。
「後ろから攻撃したことはお詫びします。ですが、あなたは間違っている!」
「…………っ!」
ラウラはゆっくりと歩を進め、俺たち2人の間に入った。
「冒険者になるための試験の目的は、冒険者が現場ですぐに死なない程度の実力があるかを判断するためです。だとすればヴァルガさんの攻撃が一度も当たらなかっただけで、キリルは合格のハズです!」
それを聞いたヴァルガさんは、肩の力を抜いたような仕草を見せた。
「お前の言い分は分かった。だがな、冒険者とは力が物という世界だ。気の短い輩も多い。こんなあからさまにバカにしたようなマネをすれば、むやみやたらに敵を作るだけだぞ」
「分かっています。だからこそ、私が責任を持って彼の監督を務めます!」
「……そうか」
そう言うとヴァルガはラウラたちに背を向け、ギルドの建物へと歩き出した。
そして数歩進んだところでいったん止まり、俺たちの方へと振り返る。
「坊主、良いパートナーを持ったな。大事にしろよ」
「んなっ!?」
「善処しま~す」
動揺したラウラをよそに、俺は間の抜けた声を出した。
正直、冒険者なぞ心底どうでもよかった。2人だけで勝手に盛り上がっていた茶番を、俺はただその場で傍観していたにすぎなかったのだ。
「あの~、試験の方は?」
「フッ。もちろん合格だ」
俺の問いに、ヴァルガは優しく答えた。
その目は、担任が卒業していく生徒を見送るかのような温かいものだった。
「ヴァルガさん、ありがとうございました!!」
ラウラがヴァルガに向かって頭を下げた。ついでに俺の頭をも押さえてきた。
何なんだ、この茶番は……?
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