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07. ギルド再訪

「マショディックまで行くなら、歩いて5日はかかるわよ」

「………………はい?」


 町を出るために城門へと向かう道中で、ラウラから驚愕の事実を告げられた俺は絶句した。


「……それって、1日当たりどのくらい歩く計算ですか? 30分とか?」

「30分って、……そんなわけないでしょ。だいたい5~6時間くらいかしら。しかもキリルは貧弱そうだから、もっと長くなるかもね」

「……5、6分?」

「ジ・カ・ン! あと、もう敬語使うのやめてよね。何かよそよそしい感じが嫌なのよ」

「分かり、分かった……」


 数日にわたって長時間歩き続けるとか、どんな拷問だよ!

 現代日本なら、車で数時間あればすぐに到着できる距離だ。この世界の人々は闘うことばかりに夢中になって、技術の発展を疎かにしてきたんだよ。せめて三輪車でも作ってくれてたらよかったのに……。


「もうすぐ城門ね。出る時はいいけど、入るときはチェックされるわ。身分証は持ってるわよね?」

「え?」

「え?」

「………………」


 目線を泳がせる俺を見て、ラウラがため息をこぼす。

 こればかりは仕方ない。着の身着のままで家を追い出されたんだから。それに、ヒキニートに身分証など必要ない!


「はぁ……。いいわ、まずはギルドへ行きましょう」


 冒険者であるラウラが言うギルドとは、言わずもがな冒険者ギルドのことだ。

 昨日も訪れたけど、明らかにヒキニートが来ていい場所じゃなかった。あの物騒な領域にもう一度行くとか、考えただけで足がすくむ。


「いや、やめとこう。他の手段を探せばいい」

「何言ってるのよ。冒険的登録なんて申請書を書いて、ちょっとした試験を受ければすぐよ。1時間もいらないわ」


 抵抗を試みるも、口うるさい姉みたいなラウラが許してくれるはずはなかった。

 ラウラの言葉に更なる不安を感じつつも、俺は額に手を当てながら尋ねてみた。


「……試験って、どんなの?」

「そりゃあ、魔法とか剣の実力を試験官がチェックするのよ。大丈夫、基本さえできてれば誰でも受かるわよ」

「あ、落ちたわ」

「大丈夫だって。いくら軟弱で貧弱で頼りないキリルでも、さすがに初級の魔法くらいはできるでしょ。あれだけすごい回復魔法を使えるんだから」


 ラウラに俺の真意が分かるはずもなく、彼女は健気に励まそうとしてくれる。

 しかし、それは俺にとって逆効果でしかなかった。


「……できません」

「受ける前から諦めないの。君ならできる! さ、行きましょう」

「あー、ちょっと!」


 俺が渋るのにしびれを切らしたのか、ラウラは腕をつかんで引っ張っていった。

 細い外見に反して、意外にも腕力は強かった。


「痛い! 自分で歩くから放して!」

「キリル、軽すぎない? ちゃんと毎日ご飯食べてるの?」


 いつもモヤシ祭りだったあなたには言われたくありません!

 ……とは言ったものの、ヒキニート時代は1日2食だったから細くなるのも無理はない気がする。朝起きるのが遅くて、朝食と昼食が同じになってたから。かといって間食や夜食をとることもなかったから、太る要素がないんだ。




   ♦




カランコロン

 ドアベルの音色が響く。

 まさか昨日の今日で再びこの音を聞くことになるとは、露ほども思わなかった。


 怖そうなお兄さんたちの視線に怯え、俺はラウラの背に隠れるようにして奥へと進む。

 横からは無防備なんだけどね。それでもラウラがいなかったら、とっくに恐怖で全神経が破壊されてるわ。


「おう、ラウラ。今日は男連れかと。俺たちとは全然遊んでくれないのに、お前はこういうモヤシみたいなのが好みなのか?」


 うわー。受付に辿り着くまでに、朝っぱらから酒の臭いを漂わせてるおっさんが絡んできたよ。

 ゲヘヘヘと、おっさんは飲み仲間たちと笑い合う。お前らみたいなヤツが、電車の中でもマスクなしにギャーギャー喚いてるんだよ。


 昨日の借金取りも酷かったけど、コイツは山賊みたいな不精髭を生やしてるから余計に悪役感が増してる。

 てか臭い。酒だけじゃなくて、不衛生な悪臭。お風呂と歯磨きを知らない野蛮人なのかな?


 全体的に見ると大した実力はないんだけど、自分の存在価値を少しでも周囲に見せつけたくて、明らかに弱そうな人を痛めつけてやろうとしてるんかね。

 うん、悪趣味。冒険的云々の前に、1人の社会人としてどうかと思う。まずは漂白剤の池にぶち込みたい。


 ほら、ラウラとか怒りに肩を震わせてるよ。

 ラウラ、俺のために正義の鉄拳を食らわせてやれ。元神様が許さなくても、俺が許す!


「………………す、な」

「ん、どうした? 俺たちの相手をしてくれる気になったか?」


 おっさんが、何事かを呟いたラウラの顔を覗き込むように見る。

 残念ながら、俺には変質者を撃退する術も度胸もない。


「モヤシをバカにするなーー!!!」

「ぐはっ!」


 ラウラの蹴りが、彼女に手を伸ばしかけたおっさんの腹部に炸裂した。まだ食後であろうおっさんは、膝を床につけて苦しんでいる。

 ざまあ。…………いや、そうじゃない。そうじゃないだろラウラ。


「モヤシは確かに節約食材の王者です。だけど、安いだけじゃありません。栄養が豊富で長持ちします。それに調理だって簡単だし、使いようによっては色んなメニューを実現することができるんです!」


 ギルドのど真ん中で、突如ラウラがモヤシの魅力について語り始めた。その場に居合わせた人々は皆、呆気にとられた顔をしている。

 自分がこれの同伴者だと思うと、穴があったら入りたい。

 知らんがな。モヤシの美学とか、君以外は誰も興味ないから。


「いいですか、もう2度とモヤシをバカにしないでください!!」

「………………」


 おっさんが視線を逸らすも、ラウラがものすごい迫力で詰め寄る。


「分 か り ま し た か ?」

「は、はい……」


 あれだけ真剣に語ってくれたんだ。モヤシも野菜冥利に尽きるよ。


 ラウラの演説が終わると、ギルド内は夜中の校庭みたいに静まり返っていた。

 人々は皆、ラウラの一挙手一投足に注目している。


「さて、行こっか」

「えあ? ああ、うん……」


 そんな中で彼女がいきなり声をかけてきたもんだから、俺は素っ頓狂な声を漏らしてしまった。


「すみません。彼の冒険者登録をお願いします」

「は、はいぃぃ!!」


 受付嬢がラウラに返事をしたことで、ようやく停止していたギルドの時間が再び流れ始めた。

 例のおっさんを始め、冒険者たちはほとんどが退出していったが。

 まあ、かなり気まずい状況だったから、逃げ出したくなるのも分かる。てか、今すぐ俺もここから飛び出したい。

 なぜかラウラに袖をつかまれていて、とてもじゃないが脱出できる状態ではないけど。

 せめて手を握ってほしかった。情緒もへったくれもないよ、こんなの。


 受付嬢が用紙を帳場(ちょうば)に置き、俺に記入を促す。


「では、こちらに必要事項を書いてください。文字は書けますよね?」

「はい、もちろん」


 まるで文盲などレアモンスターに等しいと言わんばかりの台詞を口走ったせいで、どこからか敵意を向けられた気がした。


「読み書きが当たり前って、キリルは貴族なの?」


 その発言に引っかかったのか、ラウラが問うてきた。

 この世界における平民の識字率は高くない。日本でも曾祖母の代(前世)までは、文字を読めない人がかなりいたらしいし。

 自分にとって当たり前のことでも、万人にとって当たり前とは限らないからね。注意しとかないと。


「昔はね」

「……ゴメン、変なこと聞いて」


「気にしないで」と言いつつ、俺はペンをとった。

 名前、キリル。勘当されたから苗字はなし。年齢、15歳。経歴は空欄でいいや、何もないし。適正魔法……なし。賞罰、なし。その他特筆事項、なし……。


「これでいいですか?」


 一通りの記入を終え、俺は申込用紙を受付嬢に渡した。

 受け取った受付嬢は、記載内容を確認していく。


「はい、確かに……。キリルさん、適正魔法は?」

「あ、ああ。それは、何と言いますか……」


 やっぱり気になるよね。この世界で魔法の適正ない人って、まずいないから。

 ちなみにここで言う適正魔法は、その人が使える“攻撃魔法”の属性のことを指すのであって、回復や防御は含まれない。

 勘当される前、家にある魔法の本を読んだけど、その中に防御魔法(バリア)について書かれたものは無かった。それほど人々に馴染みのないものだから、わざわざ記載しようとも思わない。


「そこは別に構わないでしょ。安易に自分の手の内を見せたくない人だっていますよ」

「それは、そうですが……」


 ラウラが助け船を出してくれたが、どうも納得しきれない様子だ。冒険者になる人は、韜晦(とうかい)したい人だって決して少なくないはずなのに。

 しかしラウラは、そんな受付嬢のことなど気に留めていない。


「さ、次は試験ね。試験官はいますよね?」

「はい。今日はヴァルガさんが担当します」

「分かりました。キリル、試験はこっちよ」

「わ、ちょっ!」


 ラウラは僕の手首を握り、訓練場まで引っ張っていった。

 こいつ、クラスに不登校の子がいたら家まで来て引っ張ろうとする委員長タイプだな。





【読者の皆様へ】

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