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06. 旅立ちは美少女とともに

 俺の回復魔法で病気が治せることは、ヒキニート時代に実験済み。


 風邪の大流行で家族皆が寝込んでいる時に、夜中に1人で回復魔法をかけに回ったことがある。

 こっちのお父さんが尿結石になった時だって、こっそり治してあげたりもした。あれは確か8年くらい前か。乱暴者の兄がEDを患ってると知った時だって、一応は治してあげようとした。……まぁ、それは無理だったけど。

 こんな家族想いの息子を追い出すとは、なんて薄情な親なんでしょう。

 …………ここ5年くらいは面倒になって、兄の大怪我とかも見て見ぬふりしてたけども。


「じゃ、やってみますね。…………成功する保証はないんで、あまり期待しないでくださいね」


 尿結石は治せたけど、結核が治せるとは限らない。EDもダメだったし。

 一応の保険をかけておく。


「いえいえ。高価な回復魔法をかけていただくだけでもありがたいことです」

「俺としては夕食代のつもりなんで、あまり気にしないでください」


 そう言って俺は、小母さんの胸部に手を当てようとした。

 ところが、ラウラがその手をつかんでくる。


「ちょっと。何お母さんに変なことしようとしてるの?」

「いや、違います! 結核は肺というか、胸の病気なんですよ。だからこうしないと……」

「……そう。ならいいわ」


 変に動揺したせいで、ラウラは怪訝そうになる。仕方ない。俺ってほら、ピュアだから。

 …………はい。気を取り直して施術を開始。


「〈ヒーリング〉!」


 今度こそラウラ母の胸部に手を当て、回復魔法を発動させる。別に無言でも使えるけど、なんか言ってみたくなるお年頃。

 俺の手から柔らかな黄緑色の光がこぼれ、小母さんの体を包み込む。回復魔法の詳細は知らない。仕組みも分からずにスマホを操作するようなものだ。

 一通り回復魔法をかけると、俺は小母さんからゆっくりと手を離した。


「オッケーです。多分いけたんじゃないですか」

「……お母さん、具合はどう?」

「あ、ああ…………!!」


 小母さんはラウラの問いにすぐには答えず、何が何だかという様子だ。


「お母さん?」

「ラウラ、治ったみたい。体が嘘みたいに楽になったわ!」

「ホントに!? 良かった~!」


 そんなすぐに効果が出るものかねと思いつつも、素直に自分の施術が成功したことに一安心。

 元神様、ありがとう。おかげで善良な市民がまた1人救われました。


「キリルさん、本当に治療費は払わなくても良いのですか?」

「大丈夫ですよ。一度言ったことを覆すようなマネは、愚か者がすることです」

「教会の人って皆金の亡者と思ってたけど、キリルみたいな人もいるのね」

「ん? 俺は無所属ですよ」

「「え?」」

「え?」


 何気ない俺の言葉に、母娘2人がキョトンとする。


「いやいや、回復魔法って、教会の人以外が使ったらまずいんじゃ……」

「そうなんですか?」


 この世界に、そんな法律があったとは知らなんだ。

 違反したらどうなるんだろ。裁判長、罰金300円、執行猶予付きでお願いします。


「法律っていうか、暗黙の了解みたいなものよ。回復魔法は教会が牛耳ることで、巨額の資金を集めてるの」

「あー、なるほどね」

「教会の許可ないのに回復魔法を使ったら、術者も患者も高いお金を請求されるわ」


 ナニソレ面倒くさい。

 てか、俺も教会関係者になったら仕事に困らないんじゃね?

 ……あ、ダメだわ。子供の頃にこっちのお父さん労わったら、「自分は下級貴族だけど、教会の下っ端よりはマシだ」って愚痴をこぼしてたの思い出した。上下関係とか厳しそうな世界でやってける自信ないわ。冒険者すら厳しいのに。


「このことはお互いのために、ここだけの秘密ってことにしましょう。それでいい?」

「そうしてくれると助かります……」




   ♦




 翌朝。


「キリルさん、何から何まで本当にお世話になりました。アナタにはお礼をしてもし尽くせません」


 俺は開店前の店の入り口で家族4人に見送られ、ラウラ母が深々と頭を下げてきた。


「やめてください。こちらこそ寝食を提供していただいて、ものすごく助かったんですから」


 昨夜は借金取りと不治の病から救ったお礼として、ラウラの家に泊めてもらった。廊下だったけど。お風呂なかったけど。

 それでも、残り限られた所持金を節約するのに一役買ってくれた。


「兄ちゃんは、これからどうするの?」

「適当に色んな町を旅して回ってみるよ。この町にいたら、変な奴らに絡まれそうなんで」

「旅……」


 ラウラの弟・ラートが尋ねてきた。

 昨夜、前世の記憶を頼りに童話を語って聞かせたら、これがまあ大好評。なかなか寝させてくれなかった。


 ボチャーナト商会は俺に一杯食わされたとはいえ、たかが商品の一部に過ぎない。普段からぼったくっていることを考慮したら、虫に刺された程度だろう。

 あちらの損失も俺の利益も、正直些細なものだ。


 それでも、俺が恨みを買ったのは紛れもない事実だ。確かに防御や回復の魔法があるが、連中の相手をするのは面倒くさい。

 ならいっそのこと、連中がいない町へ行けば良いのだ。


 ラウラの家族については、ボチャーナト商会と結んだ契約魔法の効果が残っているからきっと大丈夫だろう。

 魔法陣を発動させた契約書は、100年経っても消えないって言われてるし。



『第3:売主は買主の支払いと引き換えにラウラの金銭債務を免除し、今後一切関りを持たないこととする』



 番頭のバーリントは金額ばかりに夢中になって、この条文を軽く読み飛ばしてたみたい。

 絶縁宣言に自分も含めるのは、さすがに怪しまれると思ってやらなかったんだよね。


 この条文のおかげでもし商会の連中が彼女たちに手出ししようとすると、血を提供したバーリントが悶絶することになる。

 


 俺の方は、本当なら家に籠って身の安全を確保したいところだけど、帰る家もないんだよなぁ。今は家なき子だし。

 確かに俺は勘当されたけど、あまりにもぐうたらし過ぎてたらさすがに元神様に怒られそうだから、良い機会だったと思ってるよ。

 これからは俺なりに善行を積んでいきたいね。地獄送りはご容赦願いたい。


「それでは、お世話になりました」

「気を付けてくださいね」

「兄ちゃん元気でな!」

「バイバイ!」

「………………」


 一家4人に見送られ、俺は歩き出した。

 とりあえず、ここから一番近くにある【マショディック】とかいう町を目指すことにする。

 自転車でもあればいいんだけど、生憎この世界の移動手段は徒歩か馬。馬なんて持っているはずもないし、乗りこなせるとも思わない。だから、当然歩いて次の町まで進むことになる。

 1時間も歩けば行けるっしょ。…………え、1時間も歩くの? きっつ。




   ♦




 ラウラはキリルの背を見送ると、無言のままその場に佇んでいた。


「ラウラ、行っていいのよ」

「お、お母さん……!?」


 そんな娘に母が声をかけ、ハッと反応した。


「でも、お店とか……」

「いいのよ。あの子が病気を治してくれたおかげで、これからは私だけでもやっていけるわ。何より自分のせいで娘を縛り付けてると思うと、お母さんやるせなくなるのよ」

「…………」


 ラウラの心が揺れているところに、弟妹達が背中を押す。


「姉ちゃん、昔はいつか世界中を旅して回りたいって言ってただろ。俺たちだっていつまでも姉ちゃんの世話になるわけじゃないんだぜ。行ってこいよ」

「帰ってくる時は、お土産たくさん持ってきてね」

「ラート、チョマ……」


 まだ幼いと思っていた弟妹たちがこんなにも成長しているなんて、彼女は気付かなかった。その日1日を生きることに精一杯になっていて、きちんと目を向ける余裕さえなかったのだ。

 そんな時、あのキリルという少年が、我が家の問題を一気に解決してくれた。家族の曇りない笑顔まで見られるようになった。


「次はアナタの夢を叶える番よ、ラウラ」 

「私の、夢……?」


 幼い頃、母に何度も語り聞かせた夢。もうすっかり忘れていた。

 しかし今、その夢を叶えるチャンスが来たのだ。

 もう、彼女の琥珀色の瞳に迷いは見られなかった。


「お母さん、ラート、チョマ。……行ってきます!」


 ラウラは家族に向かって一礼し、少年の後を追って行った。




   ♦




「あー。迷った」


 ただいま絶賛迷子中。

 初めての(正確には記憶にない)町で地図も持たずに歩いたら、そりゃ迷いますわ。

 高速道路みたいにどっち行けばいいか教えてくれる看板もないし、人に聞く度胸もないし……。ホント、よくぞ借金取りに話しかけることできたよな。

 先行き不安。


「お~い! キリル~!」

「ん?」


 肩を落としていると、背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ってみると、亜麻色の髪の美少女がこっちに向かって走ってくる。


「うわっ」


 追っ手の姿を認めると、俺は無意識のうちに走り出していた。

 何か知らんけど、本能が走れキリルと俺に命じていた。


「え? ちょ、ちょっと、なんで?」


 ……が、逃亡の試みも虚しく、あっという間に捕まった。

 久々に走ったもんだから盛大に転んで、その上にラウラがのしかかる形になる。


「は~。……なんで逃げるのよ?」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「キリル、足遅いし体力無さすぎ……」

「ぐっ」


 走ったのって何年ぶりだろう。多分、校舎の屋上から飛び降りる直前、あの時以来な気がする。


「ぜぇ、はぁ…………。あの、何で君がここに?」

「私、キリルに付いていくことにしたから」

「………………は?」


 一瞬、理解が追い付かなかった。

 元神様、どうやら俺の耳はおかしくなってしまったようです。大至急、取替えをお願いします。


「私はあちこち旅したい。キリルはこれから旅するけど、なんか危なっかしくて不安要素が多すぎる。なら、一緒に行けばいいじゃない」

「どうしてそうなった?」


 俺は立ち上がり、土埃を払いながら呟く。


「いや~。君ってさ、目を離してる隙に何でも口に入れちゃう弟たちを見てる気がして、放っておけないんだよね」


 あ、これ完全に世話好きな姉の顔だわ。一瞬でも恋愛感情を妄想した自分が恥ずかしい。

 てか、俺は赤ん坊かよ。


「そういうことだから、これからよろしくね!」

「はぁ……」


 迷子の問題は解決しそうだけど、俺の未来は不安ばかりだ。





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