03. 勘当に感動
俺がこの世界に生まれて、15年が経った。
これまで何してきたかって?
ゴロゴロしてたよ。
0歳、動けないから仕方なくゴロゴロ。
2歳、母さんたちが面倒見てくれる。何もしなくていいからゴロゴロ。
5歳、読み書きできるようになって、やりたいこともないからゴロゴロ。
8歳、学校に入るも、チビどもが鬱陶しくて不登校。家でゴロゴロ。
10歳、親がうるさいけどゴロゴロ。
12歳、家族も諦めた。ゴロゴロ。
14歳、まだいける。ゴロゴロ。
そして現在。
今日は15歳の誕生日。ヒキニートの俺も、遂に成人を迎える。
食べて寝るを繰り返してばかりの俺だけど、今日くらいは母さんたちもお祝いしてくれる。
あとは父さんの小言さえ切り抜ければ、今日は素敵な1日さ。
「キリル、お前を勘当する。今日からお前はスラクシン家の者ではない。明日までにこの家を出ていけ」
「…………………………はい?」
あ、そうそう。キリル・スラクシンというのが、この世界における俺、糟屋杏平の名前だった。
今俺と向き合っているのは、この世界での父であるガーボル・スラクシン。男爵だから、一応とはいえ貴族だ。
そしてちょっと遅めの朝食のために起きてきた俺は今まさに、そのお父様に縁を切られようとしている。
「はい、感動ですね! 日々貴族としてのお勤めを果たされるお父様にこのキリル、いつも感動しております!!」
そうだ、感動してるんだ。勘当なわけがない。もしそうなら、俺は3日で野垂れ死ぬ自信がある。そうだ、そうに違いない。
ところが、それを見た父さんは、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「はぁ、このバカ息子が。ただでさえ無能だというのに、いつも寝てばかりで頭までおかしくなったようだな。もうお前なぞ私の子供ではない。明日までとは言わん。今すぐウチを出ていけ!!」
「えぇ…………」
♦
「眩しい……」
陽の光って、こんなにも明るいモノだっけ。面倒だから、カーテン開けることもあんまりなかったからな。
外に出るのもいつ以来だろうか。この町の名前が【エルシェー】ってことくらいは覚えている。けど、どこに何があるかまでは分からない。
「さて、どうしたものか」
全くの無計画。
無難に冒険者になるのが定石なんだろうけど、生憎俺にはやっていける気がしない。だって闘えないんだもん!
そもそも、この世界では力が物を言う。より多くの人を魔法や剣で凌駕することが、この世界で地位を築くことに繋がる。
そして俺は、前世で自殺したペナルティとして攻撃魔法が使えない。ヒキニートだから力もない。
実は、これが引きこもりの主たる要因でもある。
この世界の子供たちは、早くて5歳くらいから魔法の才能が開花し始める。だが、俺は一向に魔法が使えなかった。
その代わりと言うか、大人が折檻しようとしたり、近所の悪ガキが暴力を加えようとしても、見えない壁のような物が俺を守ってくれた。他にも、階段から転げ落ちて血だらけになったハズなのに、気付けばすぐに傷が治っている。
もちろん、元神様にもらった能力のおかげだ。だけど、攻撃以外の魔法が一般的でないだけに、いつしか俺は、周りから気味悪がられるようになっていた。
俺だけならいいんだけど、そのせいで家族では唯一優しくしてくれたお母さんまで後ろ指をさされる。それならいっそ家から出ない方がいいよね、っていう発想に至りました。
別に女の子がトラウマになって学校に行けなくなったとかじゃないんだからね。勘違いしないでよね!
………………はい。
さてさて、過去の怠惰を正当化しているうちにも着きました、冒険者ギルド。
「…………………………………………行くか」
しばしの葛藤の末、俺はようやく一歩を踏み出した。
カランコロン
ドアを開けると、ベルの滑らかな音色が響く。
ギルドの中には、俺とは合わなさそうな雰囲気の人ばかり。そんな人たちが、一斉に来訪者へと視線を集める。
「失礼しました」
そう言って、俺はギルドのドアを閉めた。
無理です。無理無理無理~!!
ゴリゴリの体育会系しかいないじゃん! 俺みたいな文学少年には荷が重すぎるって! あんな人たちの中で働くなんて、そもそも働くこと自体がイヤだ。イヤなことをしてまで生きていこうとは思わない。もう一度死ぬのはもっとイヤだけど……。
兎にも角にも、今はまだ俺が働く時じゃない。とりあえず今晩の宿でも探そう。……………………あ、お金なかったわ。
今の俺の所持金は、10,000フォートとちょっと。家を出る際に手切れ金として渡された。
ちなみに1フォートで、日本円だとだいたい1円くらい。
銅貨1枚で1フォート。銀貨1枚は100フォート。金貨1枚だと10,000フォート。この他にも、大銅貨(銅貨の10倍)とかがある。
うん、3日も持たないわ。てか、明日には食うものにも困る羽目になる。あのクソ親父、あわよくば俺を野垂れ死にさせる気だろ。
「誰かお金くれないかな~」
露店で適当に買食いし、実現するはずのない願望を漏らしながら、俺はトボトボを道を歩いていた。
すると――
「おい、貸した金500万フォート、耳をそろえて返してもらおうか!」
「ふざけないでください! ウチが借りたのは50万フォートのハズです。なんで10倍になってるんですか!?」
「利子だよ利子~。ほらほら、契約書にはきちんとかいてあるよ~」
「こんな暴利、無効です!!」
「何を根拠にそんなこと言っっちゃってんのー?」
どうやら揉め事のようだ。
俺と同い年くらいの女の子に、むさ苦しい野郎3人が迫っている。大人のビデオの撮影でもしようとしてるのかね。
「どうしても返せないって言うなら、君をお金に換えることになるよ~」
「クッ、外道が……」
「あれれ~。君を担保にお金を借りたクズは、他ならぬ君のお父さんだよ~」
「なんですって!? そんな……」
盗み聞、ゲフンゲフン……聞こえてきた話の内容を整理すると、女の子のお父さんが娘を担保にお金を借りた。
そしてその借金が、法外な利息で10倍に膨れ上がった。
500万円とか、もちろんこちらの世界でもそれなりの大金だ。庶民の月収は15万あれば多い方。皆稼いだ分でギリギリ生活するのがやっとだから、貯金する余裕なんてほとんど無い。
うん。現代の日本ならまずありえない話だ。
でもここは異世界だから、日本の法律は適用されない。
基本的に不敬罪や殺人・傷害と窃盗などが犯罪ってこと以外、法律らしき法律がないんだよね。それ知った時はさすがにビックリした。非人道的なことでも、禁止されてないからオッケーって感じ。
ま、裏を返せばこちらも好きにできるということになるね。
「どうかされましたか?」
上手くいけば飯の種になるかと思い、俺は借金取りたちに声をかけた。
15年も引き籠っていたせいか、わずかな言葉を発するのにも噛みそうだった。会話らしい会話なんて、もう10年くらいやってない気がする。
「おう、なんでいアンタは?」
「ただの通りすがりの通行人です。お困りのようなので、第三者である俺が間に入れば丸く収まるかと思いまして」
顎だけじゃなくて、脚まで震えそうになる。しっかりしろと、自分に言い聞かせる。
明らかに弱そうな少年だったためか、男どもにはあまり警戒されなかった。それだけじゃなく、借金取りの中で一番大柄なスキンヘッドが、素直に事情を説明してくれた。
まあ、ほとんど会話から予想されたことの通りだったけど。追加情報は、借金した張本人が蒸発したってことくらいか。
「そうですか。借りたお金は返さないといけません。じゃないと泥棒と同じですから」
「おう、話の分かる坊主だな」
借金取りは相好を崩し、反対に女の子は青くなった。介入してきた少年が助けてくれるとの希望を持ったが、実は敵だったと悟ったのだろうか。
ごめんね、俺にはチート能力で一網打尽なんてことはできないんだ。もう少し辛抱してくれ。…………まあ、上手くいけばの話だけど。
「まあ、こんな町中で騒いでもアレですから、あなたたちのお店に移動しませんか?」
「なっ……」
「それがいいな。おら、アンタも来い!」
スキンヘッドが、絶句した女の子の腕を引っ張っていった。
彼らがやってきたのは、ボチャーナト商会。ヒキニートの俺でも知ってるくらい、悪名高い商会だった。
親父さん、またおっかないところからお金借りたんだね。
ボチャーナト商会は金融だけでなく、食品や日用品など幅広く手を伸ばしている。塩などの生活必需品の一部はここが独占しているため、庶民は泣く泣く暴利の商品を買わなければならない。
ここに独占禁止法はない。
さてさて、舞台はボチャーナト商会の店の奥にある応接室。
お兄さんたちが机をバンバン叩き、少女は泣くのをこらえるのに精いっぱいのようだ。
「あの~。オタクって、砂糖とかも扱ってるんですよね?」
「あ、ああ。そうだが」
ちょっと間を置いたのは、自分が落ち着くのを待ってたから。
突然水を差されたにもかかわらず、お兄さんは容易に答えてくれた。
そこで俺は、満面の笑みで手を合わせてみせた。
「それは良かった! 丁度たくさんほしいと思ってたんですよ。少しと言わず分けてくれませんか?」
「いいけど、ウチは高いぜ。坊主に金出せるのか?」
「出せますよ。何ならちょっとくらい色を付けても構いませんよ」
“たくさん”の部分を強調し、色を付けると言ったらお兄さんの目が怪しく光った。
こんなモヤシみたいな少年が大金持ってることは通常ない。だけど、俺の服装がそこそこ立派だったためか、それほど怪しまれていないと思う。
今日は折角の誕生日だからね。良い服を選んでおいて、そのまま家を追い出されたんだよ。トホホ……。
「砂糖だな。俺たちは商品の扱い任されてないから、番頭さんを呼んでくる。ちょっと待ってろ」
「は~い。あ、その間にお手洗い借りてもいいですか?」
「構わん。好きにしろ」
そう言って、お兄さんは部屋を出ていった。
借金のことよりも砂糖の方が大事らしい。それもそのはず。砂糖はボチャーナト商会の独占品目の1つ。彼らからすれば、うまくいけば大金を稼げるチャンスだ。性欲より金銭欲。
嫌いじゃないよ、そのスタンス。お金が無いと生きていけないからね。
お兄さんが席を外して、女の子は力任せに目をこする。…………なんか、新しい扉が開きそうな気が…………って、そんなことないから!
俺がトイレから戻ってしばらくすると、その部屋に小太りのおっさんがやってきた。その奇妙な髪型は、黒電話を想起させる。
お腹にスイカでも入ってそう。庶民からむしり取ったお金でお腹いっぱい食べてるんだろうな。いいなぁ、1割と言わず3割でいいから分けて欲しいわ。
「おや、アナタが砂糖のまとめ買いをご希望という方ですかな」
「はい、そうです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。おい、交渉の邪魔になるからそこの小娘を――」
「あ、彼女はこのままでお願いします。僕も用があるんで」
この言葉におっさんだけでなく、女の子までもが訝しげに俺を見た。
さて、ゲームの始まりだ。