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02. 元神様

「――――ん、ここは?」


 気が付くと俺は、くすんだ色の部屋にいた。

 辺りを見渡しても何もなく、雲のようなものがどこまでも続いている。壁が近くにあるように思えるが、手を伸ばしても決して届くことはなく、距離感がイマイチつかめない。それどころか自分が 今、上下左右のどちらを向いているかすら分からない状態だ。


『気が付いたようだな、少年よ』

「え?」


 誰かが声をかけてきたのは確か。けれど、それがどこからかは分からず、俺は再びキョロキョロした。

 それでも、やっぱり誰もいない。


「どこにいる? そしてお前は誰だ!? そもそもここはどこだ!?」

『やれやれ、質問が多いのぉ。せからしい(わっぱ)じゃ』


 ハッと後ろを振り返ると、そこには丸眼鏡をかけた老人がいた。さらにその後方には3つの扉がある。


「…………誰?」


 俺が問いかけると、老人は優しく語りかけてきた。


『童よ。そなたの名は?』


「…………糟屋(かすや)(きょう)(へい)です。」


『そうか。儂は何というか、神のようなモノじゃ。まぁ、もう引退したがの。人手不足で再雇用されておる。人口増加に伴い死者も増えておるからの。人員補充が間に合わんのじゃ』


「はぁ。……その、元神様が俺に一体どういったご用件で?」


『うむ。儂の仕事は死者の行き先を決めることじゃ。童よ、そなたは亡くなったのじゃ』


「はぁ……」


 人生なんて、それとなく読み始めた漫画を自堕落に読み続けてしまうようなもの。続きが気になるあまり、なかなかページをめくる手を止められない。よほどの名作でもない限り、得られるものなんて些細なものに過ぎないというのに。


『……中二病め』


「うっ」


 どうやら心を読まれてしまったらしい。余計なことを考えるのはNGだと分かった。


「まぁ、自分が死んだってことは何となく分かっていたけど、改めて宣告されると何だかなぁ……」


『生命というのは最も尊いモノ。それを自ら害するということは、これすなわち神への冒涜(ぼうとく)であり、最も重い罪業(ざいごう)の1つじゃ。本来であれば自殺者は即地獄行きなのじゃがのぉ……』


 そこまで言うと、老人は肩を落として息を吐いた。

 俺は老人に落胆の理由を問う。


『うむ。最近は自殺者が増えすぎておるんじゃ。日本とか皆自殺し過ぎじゃ。何やねん、1年に3万人も自殺しやがって。だいたい20分に1人じゃぞ、やりすぎじゃ! おかげで地獄が飽和状態じゃ』


「……お怒りごもっとも。返す言葉もございません」


『特に若い者など些細な理由ですぐ死におる。学校が嫌なら行かなきゃいい。無理して行ったら自分を追い込むだけじゃろ』


「俺の従兄と同じ発想ですね、それ。あの人は結局2浪したけど」


『童も童じゃ。ちょっと誤解されたくらいで絶望しおって。そんな下らんことで自殺なんかするんじゃない!』


「いやいや、結構きついですよ。県外にでも引っ越さない限り、ずっと無実の罪と変態の汚名を背負うことになるんですから」


 俺の回答に、元神様は呆れたように息をこぼす。


『ハァ……。のぉ童よ。お主、犯行時刻には何をしておった?』


「え? それって今日の昼休みですよね? いつも通り、図書館で司書さんのお手伝いをしてましたけど……」


『そうじゃ。お主には完璧なアリバイがある。あの後、その司書さんが泣いてお主の無実を訴えておったぞ』


 そうだったのか……。それは、ちょっと悪いことをしたな……。


『しかしのぉ、結局、学校側はお主を犯人と決めつけて事件は一件落着じゃ。犯人と広川だけが得をしたな』


「…………ちなみに、犯人は誰だったんですか?」


 これだけは、これだけは聞いておかないと。そいつのせいで俺は汚名をかぶって死ぬ羽目になったんだ。


『そうか。童はまだ知らなんだのぉ。朝倉の体操服を盗んだのは久山という子じゃよ。ほれ、野球部の』


 久山……。そういや、俺の後ろの席だったな。罪を(なす)り付けるには格好の的だったってか。

 そんで、野球部といえば顧問は広川。何か恣意的なものを感じるよ……。


『安心せい。2人が死んだら、ちゃんと地獄の深いところに落としてやる』


「…………それでも、俺が生き返ることはないんですよね」


『うむ。それはちぃと無理な話じゃ。とはいえ、さっきも言った通り、地獄は今パンパンになっておる。

 そこでじゃな、若くして死んだ連中には再挑戦の機会を与えようということになってのぉ。端的に言えば転生じゃ。ただし、地球とは違う世界での』


「い、異世界!? そんなのが本当にあったのか。ちょっと感動します」


『そりゃあ世界なんてものは幾つもある。地球もその内の1つにすぎん。とは言っても、あそこまで発展したのはレアケースじゃがの。特に、日本のアニメは儂もよく見ておる』


 神をも魅了するジャパニーズカルチャー万歳。


『他の世界でもう一度人生を送ってもらって、それを終えてから改めて死後の進路を判断しようというのじゃ』


「はいはーい。その世界ってどういうところですか?」


『基本的なことは地球と大して変わらん。大きな違いと言えば、魔法の世界ということくらいかの』


「ものすごく重要なポイントじゃないですか! 記憶を持ったまま異世界転移して、チート能力で無双――」


『童には使えんがの』


「何でですか~!? ホワ~イ?」


『もともと地獄行きになるはずの童へのペナルティじゃ。それが免除されただけ感謝しろ。ほれ、こっちに来てみい』


 俺は老人に連れられて奥へ進んだ。すると老人は3つある扉の一つを開け、覗くよう促した。


「……………………え?」


 そこは、文字通りの地獄絵図だった。

 ある者は鞭に打たれ続け、ある者は汚物の海に沈められ。炎の柱に包まれて叫ぶものがいれば、氷塊に閉じ込められて歯を鳴らすものもいる。

 まともに目を向けることすら憚られる世界がそこにはあった。


『ちなみに最も重い罰がこれじゃ』


 そう言うと、老人は俺の方を向いて手を叩いた。


「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 老人が言うや否や、俺は筆舌しがたい苦痛に襲われた。全身隅々に渡って苦しみに包まれ、喉が張り裂けんばかりに絶叫した。

 しばらくして老人が再度手を叩くと、それは収まった。


『今のは一番底にある地獄じゃ。童には3秒ほど体験してもらった。正直、儂もあんなところには行かせたくないのじゃが……』


 3秒でこれって……。これが本当の地獄か……!?

 それを知れば、先ほど覗き込んだ世界が優しく思えるほどだった。永遠の針山かソレ1日かと問われれば、誰もが迷うことなく前者を選ぶに違いない。


『それで新世界での童の魔法じゃが……』


「使えなくても全く問題ありません! どんな境遇であろうと今度こそまっとうに生き抜いて、社会のために生きることを誓います!」


『……そうか、それならよい。ただのぉ、その世界は地獄送りになる者が多いんじゃ。童みたいな軟弱者が生きるには治安が悪すぎるからの、回復魔法くらいは使えるようにしてやる』


「ありがとうございます!! ……ですが、そもそも攻撃を受けないようになれば良いのではないでしょうか?」


『ふむ……。折角じゃから、防御も使えるようにしておくか。すぐに死なれても困るしの』


それってもう、ある意味チートなんじゃ……。ま、指摘したら取り上げられるかもしれないから、とりあえず黙っとこ。


「重ね重ねありがとうございます。俺はその荒れた世界で、殺人や窃盗を犯すことなく、今度こそ真っ当な人生を歩んでみせます!!」


『窃盗のう……』


 老人は2本の指で顎をつまみ、何か引っかかる反応を示した。

 俺は首をかしげて、疑問を伝える。


『童よ。盗みとは何じゃ?』


「えっ? 他人のモノを勝手に取ることです」


『そうじゃ。他人のモノと童は言った。儂が文句を言いたいのは、その所有権という概念じゃ』


「ショユウケン、ですか……」


『そうじゃ。本来世界の全てのモノは、全ての生き物に享受する権利がある。ところが欲望の塊である人間は、あらゆるモノを自分だけのモノにすることを望む。所有権は独占欲を満たすために生まれた価値観なんじゃ。

 とは言ったものの、資本主義の世界で生きてきた者にはなかなか理解してもらえないがの……』


「ショユウケンのせいで貧富の差とかの問題が起こってるんですよね。確かに問題です」


『ほう、童の頭はまだ柔らかいようじゃ。自殺したのがもったいないわい』


「ハハハ、恐縮です……」


『もっとも、ろくに働きもせずに他人の成果を横取りすることはけしからん』


「分かりました。誠心誠意、社会のために働きます」


『よろしい。……さて、少々無駄話をし過ぎてもうた。準備は良いかの? 後がつかえておるんじゃ。さっさと行くぞ』


「新たなる世界へ、いざ行かん!」






『あ、記憶消すのを忘れておったわ』





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