01. 空は飛べなかった
夕日に赤く染められたグランドで、生徒たちの声や地面を駆ける音が飛び交う。
だんだんと秋の涼しさも、次第に近づく冬を感じさせるようになった今日この頃。つるべ落としのごとく陽が落ちるのも早い。
この時間に学校に残っている生徒は皆クラブに明け暮れ、ほとんどの教室には誰もいない。
だが、2年3組の教室は違った。
「えー、朝倉の体操服がなくなった。犯人捜しをするつもりはないが、もしこの中に盗んだというヤツがいるなら、正直に名乗り出ろ」
この日、俺を含むクラスの男子生徒一同は、放課後になっても教室に留め置かれていた。
教卓には、体育教師の広川が仁王立ちで構えている。ウチの担任は若い女性教師で、見るからに頼りない。学年主任でもないくせに、ここぞとばかりに出しゃばってきた。
「お前らの年齢を考えれば興味がわくのも分かる。だが、朝倉の気持ちも考えろ。こんなことして、一体なにをするつもりだ?」
ナニをするつもりなんでしょうよ。
校内ナンバーワンの美少女である朝倉さん。そんな彼女の体操服を盗んだ輩がこの空間にいるらしい。
今日、このクラスは1限に体育があった。そして4限が終わった頃、たしかに体操服はあったという。ところが、彼女が昼休みが終わって戻ってきた時、あったはず体操服はなくなっていたとか。
いくら美少女でも汗は汗だ。汚いことには変わりない。とてもじゃないが、犯人の気持ちが理解できない。
「いないのか? そんなわけないだろ。出てくるまでみんな帰れないぞ」
教員が大好きな連帯責任というやつだ。一部の生徒が何かやらかすたびに、彼らは口を開けばやれ連帯責任だの、友達ならちゃんと注意しろだの言ってくる。
ヒドイ時には1週間連続なんてこともあった。
だいだい、不良連中が固まってタバコ吸ってるところに、他の生徒が口を挟めるわけないだろ。そーゆーのはアンタたちの仕事だ。なに自分たちの仕事押し付けてんだよ。あとそもそも友達じゃないし。
これだから公立中はイヤなんだ。とっとと進学したいよ。
「犯人が名乗り出ないなら、これから1人1人荷物を確認していくぞー。いいなー?」
てか、言ってることとやってることが矛盾してるんだよ。犯人捜しはしないとか言っておきながら、今まさにやってるじゃんか。
それに、昼休みだったら他のクラスの連中だって出入りしていてもおかしくない。このクラスに犯人がいると決めつけていること自体どうかと思う。
「仕方ない。みんなカバンを机の上に出せ。今から俺が順番に確認していくからな」
言われるがまま、残された生徒たちはそれぞれのカバンを取った。俺も素直に従った。
「よーし、チャック開けて中を見せろー」
当然というか生憎というか、これで挙動不審に陥る者はいなかった。自分が無罪であるという確信を抱いているのだろう。
かく言う俺も……………………は?
「……………………は?」
「……どうした糟屋?」
思わず声が漏れてしまった。
そうならざるを得ない事態が発生していた。
「い、いえ……。何でもありません…………」
学校指定のカバンの中に、覚えのない物陰があった。恐る恐る手を差し入れて転がし、隙間を覗き込んで確認する。
そして俺は、布製の袋の一端に『朝倉』という文字を視認。疑念は確信に変わり、絶望はやって来た。
「何でもないわけないだろ。お前怪しいな。ちょっとカバンを見せてみろ」
「ぃ、いや……。やめて、ください…………」
しかし、俺の要求はあっさり一蹴される。
広川は俺のカバンを取り上げると、中を開けて覗き込む。そして入っている物に気付くと、カバンの中身をまき散らした。
「おい、何だこれは?」
「し、知りません……。僕じゃ、ないです……」
そう。断じて俺ではない。
犯行時刻とされる昼休みには図書館に籠り切っていた。そして午後の授業はずっと座席に。帰りのホームルーム直前にトイレに行ってきたくらい、…………あ。
「糟屋、ちょっとこっちに来いっ」
「チッ」
広川が俺の腕を掴んで連行しようとする。しかし、俺はその手を振り切って飛び出した。
「「あ」」
教室を飛び出すと、扉のそばにいた人と視線がぶつかった。
朝倉さんその人だ。どうしてここにいる? 犯人が気になって戻ってきたのか? けれども、そんなことはどうでもいい。ただ、彼女が自分に向ける視線の意味だけが理解できた。
「うわあぁぁぁーーーーー!!!」
俺は彼女の脇を潜り抜け、廊下を突っ走った。
…………終わった。もう、俺に未来は無い。
階段を駆け上り、一気に屋上まで来た。
そしてそのまま止まることなくフェンスを乗り越え、俺は宙を舞った。
「ハハ……。空も~とべ~るはず~」