命の天秤
沢谷は、渾身の力を使って、列車への飛び降り自殺を図った男を引き上げようとしていた!
辺りの人々は驚きの声を上げる者や、悲鳴を上げる者、慄く者。
そして、もう惨劇は目前の事態だと顔を背ける者さえも居た。
それは、今の沢谷にとって何一つ役に立たない者ばかりだと言えたのだが、当の沢谷にそれらを認識する余裕など微塵も無かった。
沢谷は思った。
自分がこの男をこのまま掴んで居ては、彼を殺すのは自分になるだろうと。
そして、彼が列車に跳ね飛ばされた時には、自分の身も危険であろうと・・・。
(もう!駄目だ・・・!!)
キィー!!っと鳴る、けたたましい音の非常ブレーキを掛ながら警笛を繰り返し迫る電車は、もう沢谷の目前に迫っていた!!
自らの両手で宙吊りにしてる男を引き上げられない彼は、男から手を放そうと思った・・・。
このままでは、人を殺してしまうと思ったからだ。
後は運任せだと知りながら・・・!!
「だめっ!!上げて!!!」
女の声だった!
鋭い声に反応した沢谷は、緩めようとした力を一瞬で取り戻した!!
直後に沢谷の隣に駆け寄り、直ぐ様手を貸した人。
横目で捉えた彼は、一秒も掛からずに、それは美女だと思った。
歳の頃は20代後半に見える。
思わぬ助っ人が現れたこの瞬間、沢谷には迫る電車がゆっくりに見えた!!
駆け寄った美女は、間髪入れず沢谷が掴む男の襟の後ろを一緒に掴んだ!
刹那!
二人で引き上げる事で、掴む男の体が一気に軽くなったのを沢谷は感じた!!