闇隠すサングラス
兎美子はS駅のホームで電車を待って居た。
この駅に入る手前で掛けたサングラス越しには、彼女が見たくもない光景が見えていたのだが、表向き彼女はそれに反応する事は無かった。
ただ、結界の役目も果たすサングラスの内側から、彼女の洞察力を滲ます眼だけを動かして辺りを観察するだけだったのだが、それは無論、自らの身を護ためでもあった。
これは彼女にとっては日常であったのだが、多くの人々にとっては、彼女に見えている光景は非日常と言うしか無いものであった。
否応無しで彼女に見えている光景・・・。
それは、多くの人々が只、次の電車の到着を待って居るホームにも関わらず、夥しい数の死者の霊が蠢いて居る光景であった。
ある日突然にこうした光景が見えたのなら、多くの人は混乱し、自らの目よりも精神と脳を疑い、正気を保っては居られない事だろう。
しかし、小学校に上がる前の子供の頃から霊が見えていた兎美子には、これは日常であり、それでいて他人に話しても心底理解される事の無い事もこれまでの人生のでの経験から知り尽くしてる事であった。
そうしたこれまでの経験で、兎美子は、こうした所に集まる霊の行動を幾つかのパターンに分けて観る事が出来た。
一つは、割と無害な浮遊霊と呼ばれる者達で、何となく(と言っても、本当は寂しさから人や霊が多く集まる所に誘われてしまう事が多い)ここに居る霊。
一つは、死んだのに死んだと気付かず・・・或いは、死んだことを薄っすらと感じてるのだが、まだ生きている思ってる、又はそう信じたくて生前と同じ行動を繰り返す霊。
残る一つは、地縛霊。即ち、この駅で死んだ者達の霊・・・。
この場に居る死者である霊の多くは、自らが既に死んでいる事を知っている者達であった。
詰まり、その殆どが地縛霊なのだ。
場所が場所だけに、故意か事故かにすれ他人に殺されて地縛霊になったものは極僅かなのは明白であるのだから、自殺者の霊が殆どという事だった。
その地縛霊達の多くはホームの下に居た。
兎美子にはそれが見えていた。
位置的には向かいのホームの下で屯してる地縛霊が見やすかったが、今、自分が立って居るホームの方にも同じ位の地縛霊が居る事を兎美子は知って居たので、必要以上に前に行くことはしなかった。
実際、目の前の方ホームの切れ目にからよじ登る様にして此方を窺う中年位のスーツ姿の男の地縛霊が見えていたのだから尚更であった。
(自殺するほどに追い込まれたのは可哀想とは思っても、今のあなた達に同情することは出来ない・・・。)
見てない振りをしながら心の中でそう思った兎美子は、構内に響く次の電車の到着をアナウンスする駅員の声を聞いた。
(すり抜けられるとは言え、あのオッサンが自分の体と重なるのは嫌だな・・・。)
そう考えた兎美子は、それと無くその場を離れ、電車の乗り場を変える事にした。
兎美子は、並びの前の方では無かったので、それはそれ程、不自然な行動では無かったので、地縛霊が怪しむ事も無い様だった。
何食わぬ顔で兎美子は歩いた。
電車の最後尾の乗り場へと。