説明不可な予定(S駅の後日談)
あの出来事の翌年のS駅。
新年を迎えて正月三ヶ日も過ぎ去った5日の午前3時22分。
珍しく雪が降った都心は、薄っすらだが雪化粧をしていた。
「これは今日一日、混乱を最小限にする為に駆けずり回る事になるなぁ・・・。」
ホームに並んだ十数名の鉄道関係者の一人が、小声で隣の男に言った。
その息は、寒さで白く成っていた。
「北国仕様の鉄道で無い上に、何時も秒単位の過密ダイヤなのだから、少なからず混乱するのは、ある意味では予定の内さ。」
そう答えた男は、厚手のコートを羽織った、この駅の職員だった。
「しかし、今時、新年の安全祈願ならともかく、お祓いだなんて・・・このS駅だけは特別なんですね・・・。」
そう言ってスーツに紺色のコート姿の別の鉄道員が、二人の話に加わった。
「そう、このS駅は、色んな意味で特別ですからね。」
答えたのは、このS駅の駅長だった。
駅長は続けた。
「乗降者数、構造の複雑さ、そして自殺者・・・。」
渋い顔でそこまで言った駅長の言葉に、グレーのコートのポケットに両手を突っ込んだスーツ姿の鉄道会社の若い社員が口を挟んだ。
「だからって、お祓いだなんて・・・・今時、違う方法で防止策を講じるでしょう。」
若い彼は、正直、新年早々この様な予定で、しかも深夜とも早朝ともつかない時間に召集されてる事に心底納得出来ないといった様子であった。
「その防止策が防止柵・・・電動扉付きの壁だってのは、良くある話ですがね。」
彼の隣に立つ、彼の同僚らしい男が、合いの手を入れた。
「しかし、この駅の乗降者数を鑑みれば、そいつは利便性を著しく損なうだろうね・・・。」
そう話したのは、スーツにジャンパー姿の技術開発に係わる中年の男だった。
その言葉に「ホームが狭くなり、人の動きが悪くなるからね・・・。」と、S駅の駅長は辺りを見回しながら、そう付け加えた。
「それでも、だからってお祓いだなんて・・・世間に知られたら、訝しく思われるか・・・・それとも。」
先ほど不平を述べたグレーのコートのスーツ姿の若い男が、寒さで体を揺すりながら、さも、今後の会社の心配をしてるかの様な口振りで言った時だった。
「笑われるってか・・・・。」
そう、答えたのは・・・これまで口を開いてなかった細身の年配の男だった。
「はぁ・・・。」
その年配の男の役職を知っていた先程から不満を述べていたスーツの若い男は、体を揺するのを止めて少し緊張しながらも気の無い返事をしてしまっていた。
この時まで彼は内心思って居たのだ・・・。
この様な不条理で理不尽な悪行は、自分が出世した時には必ず辞めさせる・・・と・・・。
細身の年配の男は、又も振り出した雪を見上げ、目を細めた。
それから、神主の用意を待つ鉄道関係者達に向かって静かに話し始めたのだった・・・。
「20年程・・・いや、丁度20年前だな・・・その時にも、そんな意見があった・・・。そうした事も公式には記録されて無いのだが・・・何せ、この今日のお祓いだって、公式の予定表には書き込まれて無いのだからね・・・・。」
話しを聞いて居た、先ほどの若いスーツ姿の男が、ハッと思い出して言う。
「そうですよね、私も口頭でこの事を知らされ出席する様にと・・・そして、他言しない様にと念を押されました。」
その言葉に、細身の男は、無言で頷いた・・・。
「それで・・・その、20年前に一度は辞めようとした行事が、何故にこの令和の時代にも続けられてるのでしょうか?」
そう言ったこの時の質問者である彼は、ただこれ迄の事象を知りたいだけであったろう。
皆の少しの沈黙の後「それは、詰まり・・・・そう。言わなくても、想像がつかないか?」と、細身の男は、質問者を見詰めた。
「ああ・・・そう、か・・・。」
小声のそれは、質問者の彼では無かった。
話しを聞いて居た者の一人が、思わず口にしてしまったのだった。
「何が?ああ・・・そうか・・・なのですか?」
質問者と成っている彼は、その質問の答えに自分だけが辿り着けて無いと思い、少しの焦りと苛立ちを感じた。
すると、彼の様子を見た細身の男は、この様な奇妙な行事に付き合わされてる職員は、知っておいた方が良いだろうと思ったのだろう・・・。
だから、知ってる事を話し始めたのだった。
「う~ん・・・そうなのか・・・・分からないのか・・・。ならば教えるから、この後は神主さんと一緒に真面目にお祈りしてくれよ・・・。」
そう一同に向かって前置きした年輩者の彼は、話を続けた。
「20年前に、この様な行事を行う事は、鉄道会社の威信に係わりますと進言した者が居た。彼はこのS駅に着任したばかりの駅長だった。我が鉄道会社としては、願っても無い意見だと歓迎されたらしい・・・。それで、その年の翌年、詰まりは20年前の今日、1月5日のお祓いは行われ無かったのだ。しかし・・・・まさにしかし、だった・・・・その行事に反対した、そのS駅の駅長が、その日の始発に飛び込む事になるとは・・・・誰にも想像し得ない結末だったのだからな・・・。」
その言葉を聞いた瞬間、質問者の表情は強張った。
一緒に話を聴いて居た者達の中には、ブルッと体を震わせる者も居た。
それは無論、明け方に一層寒くなったからなどでは無かっただろう・・・。
「そんな・・・・。」
質問者の彼はそれだけ言うのが精一杯だった。
「まるで出来過ぎた呪い話さ・・・・。しかも、その年のこの駅の自殺者の数は、例年の倍程にも増えたのだから始末に負えなかった・・・。だからこそ、それから暫くの間・・・そう、今日の今まで、この行事に異を唱える者は居なかったと言う訳だ。」
話終わると、細身の年輩の男は、質問者の彼を見据えた。
「今日の・・・今まで・・・?」
そう言った質問者の若い社員は、さっき迄の寒さとは全く違う寒さが自分の周りを取り巻くのを感じた。
細身の男は、事の重大さを促す様に彼に向き直り言った。
「君がたった今『異を唱えた』じゃないか?」と。
この二人以外の居並ぶ人々は沈黙し、質問者の彼を見た。
「ええ!?」一瞬で青ざめた彼も、そう言ったっ切り、無言になった。
最後に細身の男は、立ち並ぶ全員に向き直り、良く聞こえる様に言った。
「だから言ったろう。後は真面目に祈った方が良いって。」
一同は、事の重要さを感じたのだろ。ここから、お祓いが終わる迄の間、神主と進行役意外は、全員無言になった・・・。
S駅に纏わる、暗い逸話。
それを話した彼は、それでも、この時、語らなかった事があった・・・。
それは、もしその事が外部に漏れれば、利用者から多くの反発を招くだろう事が、容易く予想出来たから事であったからだ。
それとは・・・今となっては、このS駅が周囲の霊場と成っている事で、辺りでの霊現象を防ぐ役目を担ってる・・・と、云う事だった。
そして、この駅には、その役割を果たす為に、一度吸い寄せた霊が簡単には外に出られない様な結界が張り巡らされ、構内で迷う様にしているという事であった。
しかも、それは人目に付かぬ様に隠されたお札等だけでは無なかった。
日々ここを行き交う人々が何時も目にしてる物・・・・そう、『案内板』である・・・。
神主が土地神様へのお祓いの願いを読み上げ始めると、居並ぶ全員は静かに目を閉じて、その首を垂れたのだった・・・。
誤解される人も多いが、お祓いとは霊(魂)を退ける事では無い。
死者が、この世に未練を残すが故に、生者への妬みや怨みを増大させてた結果、生きてる人々に様々な迷惑をかけてるという事を死者の御霊に悟らせて、本来、霊が行くべき世界へと旅立たせる為に行うものなのである・・・。




