03 様々な事の顛末
視点がちょっと変わるところもありますが、基本ヴィレム視点です。
俺のワガママで婚約者になってくれたリーセは、まるで妖精のようだった。
小さい頃、自分の事ばかり喋り、おしゃれが好き過ぎて、センスがないドレスや、宝石を身につけている女が大嫌いだった。
そんな時に見つけたのがリーセだ。
小さい頃から悪意がある噂をしながら楽しむ令嬢達と異なり、ただ単純に料理やダンスを楽しんでいる所に好感を覚えた。しかもバカではなく、主張はしないながらも、しっかりと自分の意見を持っていた。
誰かに取られたらまずいと、すぐに名前を聞き出したが、それは父が要注意人物として挙げた親の娘だった。ショックだったが諦めきれず、両親に直談判し、リーセだけを紹介し人柄を見てもらい、ようやく認めてもらったのだ。
母も、リーセの母とは仲が良かった。元々は学園の同級生で、接点も多かったという。
初めて自分で縫ったというハンカチをプレゼントされた時は、天にも昇る心地だった。
そんな中、リーセの母親が病で天に召されてしまった。
出来る限り会いに行き、励まし、少しずつ笑顔が増えた頃、リーセの父がリーセを地獄へと突き落とした。
愛人と再婚したのである。しかも、義妹と共に。
俺はリーセ以外の子爵家の人が嫌いになった。
どんどんリーセから輝きがなくなっていくのを側で見ていたのに、助ける術がなかったのだ。
元々リーセの父は、商才がない上、領の管理もまともに出来ない。今は有能な使用人がいるので何とかなっているが、それもいつまで持つかわからない。そんな人と繋がりを持ったら、金をせびられると、皆、相手にしようとしなかったのだ。
案の定、リーセがようやく学園に行っても、お金がなく困った面が多かったようだ。俺は消耗品などを差し入れ、無理矢理受け取らせた。
そして卒業が近づき、すぐに迎えに行ったはずなのに、リーセは消えていた。
俺は後手に回った事に対して憤った。そして今、それを晴らす事が出来る。まずはリーセの生家、ラウチェス家へと向かった。
「ようこそお越しくださいました」
「早速話したいのだけど、よろしいですか? 父は今日、仕事で来られないので、今回は父の名代として話します」
「……はい。なんでしょう?」
「まず、以前も言った通り、リーセを私の妻にする事は変わりません」
「なぜです!!」
「これは以前言ったでしょう? リーセじゃなきゃダメだって。子爵家に価値はありません。あるのはリーセ、ただ一人」
「……っ」
「しかも、コーレイン家と共謀したそうじゃないですか。大変な事をなさいましたね」
「一体何の話だ!!」
「ここだけの話。コーレイン家は国家反逆罪の疑いがあります」
「え……」
「このままだと、あなたも共謀犯として投獄されなければならないのですよ」
「は……? 私は一切そんな事には……」
「コーレインと関わっただけで、疑われてしまうのですよ。知らなかったのですか?」
「……ど……どうすれば……」
「こちらの契約に従って頂ければ、それを回避出来ます」
俺は同じ二枚の紙を差し出す。そこに書かれている事を読み進める子爵の顔がだんだん青くなっていった。
「俺がサインすれば……子爵家は助かるんだな」
「あと、倹約すれば……ですね」
「っ……サインをしよう」
二枚の紙にサラサラと、子爵の名前が入った。
その契約書を要約すると、こう言う事が書かれていた。
・リーセの結婚後、リーセと一切の繋がりを断つ事
・リーセの母の私物は、リーセに返還する事
・リーセの母の実家、伯爵家とも縁を切る事
これで伝手は狭まり、子爵家は厳しい状況になった。リーセに危害を加えない事も項目に入れたかったが、それをした時点で没落する事はここに書かなくてもわかるだろう。
これで子爵家の方は抑えた。次は、本命だ。
子爵家にヴィレムが訪れていたのと同時刻。
王女の部屋には、コーレイン家に逆らってはいけないと説く家庭教師の姿があった。兄王子とも比較され、いつものように王女は耐えていた。
でも、今日は違う。サプライズと称して、両親は隣の部屋で待機中なのだ。今、王女達がいるのは勉強部屋。隣は王女の寝室だった。ドアからならここでの話は筒抜け。家庭教師は元々の声が大きい。きっと聞こえているはず。
そして終わりの時間に近づくと、寝室のドアから入って来たのは両親ではなく、武装した兵達だった。
「な……これは一体……」
「動くな。王女様を侮辱するとは何事だ!!」
そう言ったのは、王女の筆頭騎士。王女は今まで見た事がない、怒りの形相に驚きを隠せない。
「その者を拘束せよ!」
騎士達の後ろから声が聞こえた。そこにいたのは、紛れもなく王女の父の王弟だった。
「どうしてですの! 何で私が……」
「話は後でゆっくり聞こう。この者を牢屋へ連れて行け」
「ちょっと! こんな事して、コーレイン侯爵様が黙って……」
「コーレイン家の者は今頃拘束されているよ」
にっこりと笑う王弟に、愕然とした顔の家庭教師は、それを聞いて大人しくなり、騎士に連行された。
王女の部屋には、王女と王弟の二人だけが残される。
「エルシェ……済まなかった」
そういって王弟は王女を抱きしめた。
「お父様……」
「エルシェ!!」
隣の部屋から王女の母の王弟妃が飛び出して、王弟と一緒に王女を抱きしめる。
「ごめんなさいね! 私が……コーレイン夫人と懇意にしていたから……」
「私も悪かった。コーレインの者が、まさかこんな事をしていたなんて……」
「エルシェ」
また隣の部屋から現れたので見ると、そこには王女の兄が立っていた。優秀で文武両道の完璧な兄。彼はまだ小さいながら、王太子の側近に内定していた。
「ごめん……お前をこんなに苦しめていたなんて……思いもしなかったんだ。最近、よそよそしいとは思っていたんだけど、こんな事になっていたとは思わなかった」
「お兄様も……見てたの?」
「あぁ。怒りで途中、飛び出しそうになったよ」
「そこはまだまだだ。……と言いたいが、私も同じだったよ」
兄王子も寄って来て、エルシェを抱きしめる。
「エルシェは俺の大事な妹なんだ。それはわかってほしい」
「……ダメな妹なのに?」
「どこがダメなんだ? 傲慢な女よりずっと優秀じゃないか」
「ダメな所なんてないんだ。……次の家庭教師は、慎重に決めなきゃな」
「エルシェの言う事も尊重しなきゃね」
「っ……うっ……グズ……」
「エルシェ……!!」
「どうしたんだ!? あ、強く抱きすぎたか?」
「うれじぐで……涙が……」
「……エルシェが、声を潜めて泣いていた事も聞いているよ。思う存分、泣きなさい」
「……うぇぇぇーん」
王女は、思いっきり泣き、その日は家族四人で楽しい時を過ごした。
家庭教師捕縛と同時刻、コーレイン侯爵邸にはヴィレムの父、スミッツ侯爵が乗り込んでいた。
「どういう事だね、スミッツ侯爵」
怒りの形相で出迎えたのは、コーレイン侯爵本人だった。
「王家からコーレイン家を国家反逆罪で、捕縛するよう言われている。この場にいる者を全員拘束せよ!!」
その号令で、一斉に兵士が雪崩れ込み、目の前にいたコーレイン侯爵も呆気なく拘束された。
「スミッツ!! 貴様、何をしたかわかって……」
「わかってないのはお前だ。隣国と繋がっている事も、王家を中から潰そうとしている事も把握済みだ。その他、福祉資金の横領や犯罪行為にも手を出しているそうじゃないか。余罪を追及していたらキリがないほど、出て来て困っている」
「せめて、妻と娘だけでも……」
「二人とも……というより全員、奴隷を飼っているそうじゃないか。奴隷を傷つけるのはこの国では犯罪な事に気づかなかったのか?」
「……スミッツ!!」
「コーレイン家の者が、全員何らかの犯罪に関わっている事は調査が済んでいる。……終わりだ、コーレイン」
拘束されたコーレイン家の者は暴れたものの、一人残らず拘束する事が出来た。
結果、コーレイン家の者は全員監獄行き。コーレイン侯爵家の没落が決定した。王城にいたその息がかかった者達も拘束。その中には王太子の妃候補だった家も全員入っていた。
コーレイン家と繋がっていた隣国は、知らぬ存ぜぬを貫き、出兵を断念したようだ。しばらくは攻めてくる事はないだろう。
以上の事は、リーセが王女に出会った日から、丸一ヶ月の間の出来事だった。