02 ヴィレム・スミッツ侯爵令息
ここから先は全てヴィレム視点です。1話の裏側を3話に渡って明かしていきます。
リーセが学園から帰ってきた翌日。俺は父親と一緒に馬車でラウチェス子爵家に向かった。しかしもう、そこにリーセはいなかった。
「どういう事ですか? ラウチェス子爵」
「説明願おうか」
ドスが利いた声に、ラウチェス子爵は一歩下がる思いだった。しかし、リーセなどいなかったとばかりに、子爵の隣に座っていたリーセの義妹、ソフィーとの婚約を結びたいと言ってきたのだ。
「あんな汚い子より、この子の方が良いでしょう。我が娘は妻に似てとても可愛い……」
「ラウチェス子爵。あなたは何か勘違いをしているようだね」
「え? ……それは、どういう……」
「まず、リーセはどこへ行ったのですか?」
「あの子なら、王城の侍女に……人手不足と聞いたので」
「ふーん。そうですか、では」
「これ以上、ここにいる必要はないな」
そう言って俺と父が出て行こうとすると、ラウチェス子爵が慌てて呼び止める。
「待ってください。政略でしょう? なら、この子でも良いではありませんか!!」
「そういえば、そちらにはそう言ってましたね。でも、俺は違います。リーセだから、望んだのです。リーセ以外はいらない」
「へ?」
「お姉様以外って……どういう事!? お父様!! あんな人より私の方がいいって言ってたのに」
「ソフィー……」
「そんなわがままな子、うちには要りませんよ。あ、そうそう。そろそろ倹約しないと、まずいんじゃないですか?」
この家は嫌いだ。
ただ、リーセが居たから我慢していただけ。
リーセにはほとんど物を与えず、わがままな継母やソフィーにばかり与えまくっている。こんな生活がいつまで続くのだろうか。
しかし、俺には解せない事があった。
こんなに早く王城から迎えが来るだろうか。
「……ラウチェス子爵。どなたから、王家の侍女が不足している事を知ったので?」
「え……あぁ。コーレイン侯爵の使いから聞いたのですよ。とても親切な方だった」
「親切ね……また来ます。色々聞きたいので」
こう話している間にも、ソフィーの癇癪は止まらなかったので、このままお暇した。
外に停めてあった馬車に乗り込むと、父の顔を見て口を開く。
「父上。コーレイン侯爵といえば、福祉大臣でしたっけ?」
「あぁ。これは調べる必要があるな。うちへの侮辱ととっても良い」
コーレイン家がなぜ、リーセを狙ったのか。そういえば、リーセが一時期いじめられてた事を思い出した。
「……コーレイン家の子どもって幾つでしたっけ?」
「……確か……上は双子だったなぁ。リーセと同い年の令息と令嬢。確か、令息の方は王太子の側近候補。令嬢の方は王太子の妃候補だ」
これは俺の落ち度だ。
父の仕事に就き、仕事に没頭するあまり、情報収集を怠ってしまった。しかも、つい先日王太子の側近に抜擢されたばかりで、仕事を覚えるのに必死だった。
それもこれも、リーセを幸せにするためだったのに……
「コーレイン家を徹底的に洗いましょう」
「あぁ。後ろ暗い事をやっていそうだ」
とりあえず、リーセの無事を確認してから、コーレイン家の調査を開始した。
俺は早速、王太子に話を聞いた。
「エーリク・コーレイン侯爵令息って知ってるか?」
「知ってるも何も、学園でずっと一緒にいたよ」
互いにこんな気さくなのには理由がある。王太子はずっと、気楽に話せる相手が欲しかったのだ。なのでそれに従い、俺は王太子を後輩と話して居るように接した。
「ずっとか。お前、俺の婚約者のリーセについては知ってるか?」
「リーセ嬢ね。……言っては何だけど、地味じゃない? それに彼女のせいで、エーリクの妹が教師に怒られたって言ってたよ。ちょっと気になってるんだよね、アレイトが。だから俺、彼女がヴィレムの婚約者なんて、嫌だなぁ」
「……そんなに洗脳されているのか」
「え? 洗脳? どういう事だよ」
「その訳知ってるか? アレイト・コーレイン侯爵令嬢は、俺のリーセをいじめていた主犯格なんだよ」
「はぁ!? 嘘でしょ?」
「これはリーセから聞いたんじゃない。教師から聞いたんだ。現場を目撃したらしい」
「そんな……エーリクだって……怒ってて……」
「……そんなんじゃお前、王太子から外されて、最悪廃嫡だぞ」
「は? なんでそんな事言うの!? ヴィレムらしくないよ」
「俺らしいって何だ?」
すると、王太子は黙って目を落とし、考えていた。
「……そういえば、言いたい事は言う性格だった。……うん、ごめん。俺が間違ってた」
「わかったならいい。お前、エーリクの言う事は全て正しいと思っていないか?」
「だって、エーリクは正しい事しか言わないって言って……あれ? そういえば、エーリクに任せっきりで俺……」
「……今なら、まだ間に合う。どっちを信じる?」
「俺は……この目で見たものしか信じない」
「……そっか。じゃあ、後で付き合え」
そう言って、俺は舞台を用意した。
数日後、王城の一角のこぢんまりとした場所で、密かにお茶会が開催された。呼ばれたのは、王太子妃候補の四名の令嬢だった。
「皆様、ご機嫌はいかが?」
「そういうアレイト様はご機嫌のご様子。何か喜ばしい事でも?」
二つ年下のマルチェ・フォッケル侯爵令嬢が尋ねると、アレイトは華やかな笑顔を浮かべながら口を開いた。
「ついに、目障りな猫を王城の侍女に出来たのよ」
「その猫とは一体どなたですの?」
聞いたのはトルディ・オンネス伯爵令嬢だ。
「リーセ・ラウチェス子爵令嬢ですわ。ヴィレム・スミッツ様の婚約者の」
「え!? ヴィレム様って婚約者が居たのですの!?」
驚いているのは、シルケ・エーヴェ伯爵令嬢。どうやらヴィレムのファンだったらしい。
「そうよ。本当は下女にしたかったのよねー」
「あの、パッとしない令嬢なら私も知ってますわ。あの方が婚約者なんて、ヴィレム様がお可哀想……」
「でも、王城の侍女に出来たのでしょう? なら、次にお茶会やるときにこちらの侍女にしませんこと?」
「わかってらっしゃるわね、マルチェ様。ここで可愛がって差し上げましょう」
「楽しみだわ~」
「何しようかしら?」
「汚しても大丈夫なところが良いわ」
「外の庭園の隅に、確か休憩所があったわよね」
「そこで紅茶まみれになっているのを眺めるのは一興ですわぁ」
クスクス笑う心地悪い空気に、仕えていた侍女達は困惑の表情を浮かべていた。
この光景を密かに見ていた集団がいた。皆、執事や侍女の服装を身にまとっている。
ヴィレムが覗き見ツアーに招待したのは王太子だけだったのだが、それを聞きつけた国王と王妃、それにヴィレムの両親も嬉々として参加したのだ。
実はこのお茶会部屋は、覗く事が可能な部屋だった。木の板の壁の隙間から覗く事が出来る。もちろん、部屋に居る人には気づかれない。
令嬢達が立ち去ると、王太子は憤りを隠せなかった。
「あんな令嬢だったなんて……」
「これは……最初から選び直しね」
「おかしいな……」
そう言ったのは、国王だった。
「おかしいとは?」
「公爵令嬢が一人も入っていない。同世代に独身の令嬢が居ただろうに。それに皆、私が承諾していない令嬢だ」
「何ですって!!」
「……改ざんされたのでは?」
王の印が押してある書類を勝手に改ざんする事は、重罪に当たる。
「誰だ? こんな事したのは……」
頭を抱える王に、ヴィレムの父も困惑気味だ。
「自分も、息子への教育で、色々疎かにしていたようですね」
「私も同罪だ。で? この後はどこに?」
「俺の婚約者の所ですよ」
リーセはちょうど、庭で落ち葉を掃いている所だった。その周りは隠れる所が多いため、皆、隠れやすい所からリーセの仕事ぶりを見ていた。
「しっかり見えない所まで掃除しているようだな。良い仕事ぶりじゃないか」
「おかしいわ。聞いていた話と違う」
今度は王妃がいぶかしんだ。
「どう聞いていたんだ?」
「非常に不真面目な令嬢で、スミッツ侯爵令息には相応しくないと」
「誰からリーセ嬢の事を聞いていた? ……まさか」
「えぇ。コーレイン侯爵夫人ですわ」
「ますます疑惑が深まりましたね。こちらにも色々報告が上がってますし」
「……何で信じたのかしら?」
すると、リーセがキョロキョロと辺りを見回し、奥へと行ってしまった。
「リーセについて行きましょう」
ヴィレムの母が、すぐに皆に向かって号令した。
リーセを見つけると、そこには、小柄な少女が泣いていた。
「あらあの子……どうしてこんな所に……」
「知っている方なのですか?」
「えぇ。王弟の娘です」
聞き耳を立てていると、王女は恐ろしい事を口にした。
『臣下ではあるけれど、コーレイン家に逆らっちゃいけないって』
その言葉に愕然とした。これで、王家を洗脳しようとしていた事がはっきりとわかった。
「王女に家庭教師をつけたのは誰だ?」
「すまん……私だ」
「王……どうして……!!」
「誰か家庭教師は居ないかと探していた所、たまたま会ったコーレインに聞いてしまったのだ」
それで相手は嬉々として、家庭教師を手配したという。
「……あの子にすまない事をした」
王が懺悔していると、話は予想外の方向へと向かった。
『失礼ながら、その事は王弟様や王弟妃様はご存知なのですか?』
『……私の言う事は聞いてくれないの。いつもいつも、家庭教師とか、コーレインの奥方の言う事ばかり信じて……』
『それは……お辛かったでしょうね』
『……私の言う事、信じてくれるの?』
『実は、学園にいた頃、コーレイン家のご令嬢に嫌がらせを受けていたのです。内緒ですよ』
『リーセも大変だったのね』
『私も周りの人に信じて貰えませんでした。だから、明らかな証拠を教師達に目撃させて、黙らせたのです』
『私もやりたい!』
『では、やり方をお教えしましょう』
リーセは、あくまでもコーレイン家の家庭教師には内緒で、突然ご両親がサプライズで登場し、家庭教師に感謝をしたいという旨を手紙に書いてご両親に渡すよう伝えていた。
さすがリーセ。これは使える。
「王」
「あぁ。これは使えるな」
「次々と後ろ暗い情報が上がっておりますから、良いきっかけとなるでしょう」
「……ヴィレムの婚約者は最高じゃないか」
「だろう?」
「羨ましくなったよ」
「絶対やらないからな」
「にしても、無自覚だろうな。あの顔。まさか彼女が知らずに国を救っていたなんて」
「まだ、早いですよ。ですが、私もあんな娘が欲しかったわ」
「ふふふ。良いでしょう」
「もう! 次こそ良い子を選んでやるんだから!!」
これで、覗き見ツアーは終了した。