01 リーセ・ラウチェス子爵令嬢
ツッコミどころ満載な、ガバガバ王室の話です。「何で気づかなかったの?」と言うシーンを多々揃えております。
この話のみリーセ視点です。
私、リーセ・ラウチェス子爵令嬢には、婚約者がいる。初めて貴族のパーティーに出た時に知り合った、二歳年上のヴィレム・スミッツ侯爵令息だ。
身分差があるのだが、父が治めている子爵領では作物がよく育ち、食料庫としても名高い。そうした面もあるからか、すぐに婚約が決まった。
しかし、私にとって、悲しい出来事が起きる。母が以前から患っていた病で、天に召されてしまったのだ。
そんな私を父がさらにどん底へ落とす。なんと、父には以前から愛人がおり、その方と再婚したのだ。しかも私の二歳年下の義妹を連れて。
継母は私を使用人扱いし、なかなかヴィレムに会えなくなってしまった。それでもヴィレムが毎年顔を出してくれるから、何とか気を保っていた。
そんな私は十四になり、学園の寮に入る。以降、一度も家に帰る許可が下りず、二年間を学園で過ごした。
やっと帰ってきた十六歳の年。父は私に告げた。
「リーセ。お前はこれから、王城に侍女として上がる事になった」
「……どういう事でしょうか?」
私はてっきり、ヴィレムと結婚して、ここを出ていけると思ったのに。
「王城の侍女が足りないそうなんだ。行ってくれるよな? あぁ。婚約者の心配はいらない。お前の代わりにソフィーがいるからな」
「ソフィーが……ヴィレム様の婚約者になるのですか?」
「当然だろう? 私の可愛いソフィーの方が侯爵家に相応しいじゃないか! お前には学園に通わせてやっただろう? 有難く思え」
その数分後に迎えの馬車がきて、私は荷解きをしないまま、王城へと向かう事になった。
私は馬車の中で、呆然としていた。そしていつも持ち歩いていた、ヴィレムからの手紙を開く。
『もうすぐ卒業だな。君に会えるのが待ち遠しいよ! どうして俺は二歳年上なんだろう? 同い年でも、一つ違いでも良いから、一緒に学園に通いたかったよ。なるべく早く君を迎えに行くから、それまで待っててくれ』
その手紙に涙がポツリと落ちる。
小さい頃、初めて刺繍をしたハンカチをヴィレムに渡すと、いつにも増して華やかな笑顔になるのを思い出した。私が婚約者なのが勿体無いくらい、ヴィレムはカッコ良い人。
そんな彼の役に立ちたいと、紅茶や茶器の種類や銘柄を覚えた。いつか侯爵夫人になった時、お茶会でどんなお客様にも満足して頂けるよう、自分でも紅茶を淹れる練習までした。
頑張る事ないとヴィレムには言われてしまったけど、それでも私は頑張りたいと、譲らなかった。結局ヴィルムが折れて、彼が来るときは私が紅茶を淹れた。
「君の淹れてくれた紅茶は、どこかホッとする味だな。使用人の味より俺は好きだ」
いつも嬉しい事を言ってくれるヴィレムに、私はささやかな心の安らぎを感じた。
政略だってわかっていたのに、私の頭はいつの間にかヴィレム一色になっていた。いつだって私を迎えに来てくれると信じて疑わなかった。けれど……父が決めた事を覆す事は私には難しい。
「……ヴィレム」
馬車の中でひっそりと、声を押し殺して、泣いた。
数日後。
私は王城の新米侍女として、慌ただしい日々を送っていた。
「リーセ! 至急、お茶の用意を!! 四人分!!」
「はい!!」
先輩侍女に言われるがまま、すぐに準備する。
「ありがとう。持ってくね!」
「リーセ! 次、こっちお願い」
「はい!」
慌ただしい時間が過ぎ、やっと休憩時間が来た。
「リーセってすごいのね。普通新人だと、ここまで動けないわよ」
「そうなのですか?」
「ご令嬢はお茶の支度なんてしないでしょう? だから、どうして良いかわからなくて、手持ち無沙汰になるのが普通なの」
「本当、助かる。今年は王太子様の妃を決めるから、何回か候補者がお茶会と称して王城に上がるのよ。だからいつにも増して慌ただしくて」
いちいちお茶会のセットをしないといけないし、毎回同じセットだと飽きられて注意されるため、侍女達は頭を悩ませていたのだ。
「リーセはお茶にも詳しいでしょ? そのお陰で、次のお茶会のヒントになるから、怒られずに済んでるの」
「お役に立てたなら幸いです」
「それと……リーセには言いづらいのだけど……」
ちょっとどもりながら、先輩侍女が口を開いた。
「実は……たまに、ヴィレム・スミッツ様が王城に上がるの」
その言葉を聞いた瞬間、私は固まった。
「あ、ショックを与えたかった訳じゃないのよ? 王城でばったり会う可能性もあるし、あの方、王太子の側近に内定しているから、どうしても避けられないというか……」
ヴィレムが……ここにいる。
ドクンと胸が弾む。これはどういう意味か自分でもわからなかった。
「だから、覚悟してね。侍女の控え室なら、さすがに入ってこれないと思うし……」
さり気なく逃げ場を教えてくれた先輩に感謝して、私は次の仕事に向かった。
次の仕事は庭掃除だった。景観の邪魔になっている木の葉をほうきで集める。ひと段落したところで、どこからか声を押し殺して泣く声が聞こえた。
「……うっく……ひっく……ぐずっ……ひっく」
庭の片隅で小さな女の子が、更に小さく丸くなって泣いていた。
服装から、それが王弟のお嬢様である王女である事がわかる。
「いかがされましたか?」
その声に怯えたように慌ててこちらを見た。
「……誰?」
「新人の侍女にございます。先に話しかけてしまった事をお許しください」
「名前は?」
「リーセと申します」
「家の名前は?」
「ラウチェスです」
すると、王女はホッと安心した顔を向ける。
「コーレインの人だったら、どうしようかと思ったの」
「コーレイン家の……」
コーレイン侯爵家といえば、ヴィレムのスミッツ侯爵家と並ぶくらい名門貴族だ。確か同い年に側近候補と、王太子妃候補の双子の令息令嬢がいたはず。
……あの令嬢にはよく、嫌がらせもされたっけ。
「……何かあったのですか?」
「私の家庭教師は、コーレイン家の人なの。私はお兄様より出来が悪いから、いつも怒られてて……」
「まぁ……それでここに」
こくんとうなずく。
「それにね。コーレイン家が王家を支えているから、今があるんだっていうの。コーレイン家がいなかったら、王家は安泰じゃなかったって。だから、臣下ではあるけれど、コーレイン家に逆らっちゃいけないって」
「え? それは……どうでしょう?」
「……そうじゃないの?」
「……私も、複雑な政治は知りませんが、少なくとも、コーレイン家だけのお陰ではありませんよ。他の貴族達も一緒に頑張っているから今があるのです。決して一つの家が抜きん出ている訳ではありません」
それに功績だけなら、ヴィレムのスミッツ家の方がすごい。スミッツ家に裏切られたり、国を出て行かれたら大変だと、王が言っているという噂を聞いている。スミッツ家の他にも、そう言われている優秀な方々で周りを固めているからこそ、この国は安泰なのだ。
「失礼ながら、その事は王弟様や王弟妃様はご存知なのですか?」
「……私の言う事は聞いてくれないの。いつもいつも、家庭教師とか、コーレインの奥方の言う事ばかり信じて……」
「それは……お辛かったでしょうね」
「……私の言う事、信じてくれるの?」
「実は、学園にいた頃、コーレイン家のご令嬢に嫌がらせを受けていたのです。内緒ですよ」
「リーセも大変だったのね」
「私も周りの人に信じて貰えませんでした。だから、明らかな証拠を教師達に目撃させて、黙らせたのです」
わざと教師達数名を手紙で呼び出して、私がいじめられている現場を目撃させた。その教師達の家は侯爵と公爵の家柄のものだったため、さすがのコーレイン家も黙って従わざるを得なかったのだ。
「それで嫌がらせは嘘のように止みました。多少の嫌がらせはありましたが、友人もいたので、防げましたし」
「私もやりたい!」
「では、やり方をお教えしましょう」
私は、あくまでもコーレイン家の家庭教師には内緒で、突然ご両親がサプライズで登場し、家庭教師に感謝を伝えてほしいという旨を手紙に書いてご両親に渡すよう伝えた。
「渡す時は、家庭教師が居ない……使用人達がなるべく居ない時に渡すと良いでしょう。コーレイン家の人にバレないように念を押すのですよ」
「わかった。ありがとう」
そうして王女様はスッキリした顔で帰って行った。
後日、また庭で掃除をしていると、その王女様に声をかけられた。
「リーセ!」
「まぁ王女様。いかがされました?」
「この前、あれを実行したの! 聞きたい?」
「はい、もちろん」
私に言われた通りにご両親に手紙を渡したらしい。
そして、ようやく王弟とその妃は家庭教師の所業に気づいた。
すぐに解雇され、新しい家庭教師になったという。
「リーセのお陰だよ! ありがとう」
「あら、悪い事をお教えしてしまいましたね」
「そんな事ない! あのね。そのお陰でコーレイン家の悪事がわかったの」
「え!?」
聞くと、コーレイン家はよく戦争を起こす厄介な隣国とも繋がっており、コーレイン家は没落。爵位と領地を没収されたという。
「えぇ!? そんな事が……」
リーセは大変な事をしたのではと、動揺した。
「だから、皆リーセのお陰だよ。それでね。リーセに私の侍女になって貰うようお願いしたの。でも、ダメだった」
「どうしてですか?」
私一人くらい抜けても問題ないと思う。
「だってね。ヴィレムの奥方になるのでしょう? そんな暇、ないと思うよ」
「どういう……」
そこで私は気づいた。
王女の後ろから近づいてくる男の姿に。
「……ヴィレム?」
「やっと会えた。迎えに来るのが遅くなってごめん」
そう言って、私を抱きしめた。
横目で王女が『きゃー』と嬉しそうな仕草を見せる。そしてゆっくりその場から離れて行った。
「本当にリーセは面白いな。国の危機を知らずに救っちゃうんだから」
「……たまたまですよ。私だってこんな事になるなんて……」
「敬語はやめてって言ったよね? 君は俺の婚約者なんだから」
「でも、ソフィーが……」
「問題ない。ラウチェス子爵なら折れてくれたから。それに、リーセが王城の侍女になったのは、コーレイン家の仕業だったんだ」
「え……」
実は父にコーレイン家が接触して、私が王城の侍女をする事になったのだ。父は義妹であるソフィーを良いところに嫁がせたい。コーレイン家は令嬢が私を嫌っているという理由で。だから学園から帰ってきてすぐ、馬車が手配されたのだ。
「後手に回って、君をすぐに迎えに行けなかったんだ」
「でも、この結婚は政略で……」
「違うよ。子爵のプライドがあるだろうから、そうしただけで、実際は俺の一目惚れなんだ」
「え……」
「両親にも散々説得した。それでリーセの人となりを見て、両親も納得した上で婚約を許してくれたんだ」
「じゃあ……私は……」
「これから俺の家に来るんだよ。それとも嫌だった?」
「……もう、義妹の婚約者になったとばかり……」
「……ある訳ないだろ? そんな事……」
再びヴィレムが私を抱きしめると、先程よりも強く抱きしめられた。
「俺はしつこいよ? よく周りからも愛が重いと言われる。そんな俺が愛想つかすなんて事はないだろう」
「……気づかなかった」
「リーセに嫌われたくなくて我慢してたんだ。だからもう、我慢しない」
そういうと、ヴィレムは私の口に自分の口をそっとつけた。
初めての感覚に、ふわふわした気持ちになっていると、すぐに口から離れてしまった。
もっとやっていたかったなと思っていると、ヴィレムは私の腰と頭の裏に手を持っていき、ちょっと強引に口を塞がれた。
突然の事に私は驚いて、離そうとするが離せない。それ以上に気持ち良くなってしまい、ヴィレムの背中に手を回した。
しばらくしてようやく離してくれた。
「もう! 強引すぎる!!」
「……君が気持ち良すぎるのが悪い」
「私のせい?」
「あぁ。もう一回させてくれ」
「ここ王城!! 私、仕事中だから!!」
その後、すぐに荷物をまとめてスミッツ家に行くと、向こうの使用人達が温かく出迎えてくれた。もう、ヴィレムのご両親と使用人とも打ち解けているので、安心して過ごす事が出来た。
あっという間に結婚式を挙げ、私は次期スミッツ侯爵夫人となった。
王女様とは文通友達になり、よく近況を教え合っている。王女様は、優秀なお兄様とギクシャクしていたのだが、例のサプライズで関係が修復された事を喜んでいた。
私にも嬉しい出来事があった。先日、お腹の中にヴィレムとの子がいるとわかったのだ。結婚式の割とすぐ後だったので驚いていたのだが、ヴィレムのあと五人欲しいという言葉に卒倒しそうになった。
その事を手紙に書くと、王女様からは喜びの言葉と、ヴィレムに対し苦言を呈したという手紙が届いた。
「……あまり無理させるなと言われてしまったよ」
情けない顔になるヴィレムに、ベッドの上の私はクスッと笑った。
「あなたが暴走する時は、また頼ろうと思います」
「いやいや、面と向かって言ってよ。また敬語になってるし」
「……もう、あなたが産めればいいのに」
「俺が産むの?」
「私より丈夫そうじゃないですか」
ヴィレムは文官だが、意外とがっしりとした身体だ。聞けば剣も嗜むというし、私より遥かに丈夫そうな身体を持っている。
「……悪かったよ。赤ちゃん産むって大変なんだな」
「産むのは命がけって、よく言いますし……」
「え……」
「今の所、大丈夫ですから。ヴィレム」
私は近づくように指示し、ヴィレムの頬にキスをした。
「しばらくはこれで我慢してください」
「リーセが……俺にキスを……リーセ!!」
「ちょっと!! もう約束破る気ですか!?」
抱きついたヴィレムは、気が済むまで離してはくれなかった。
この後、ヴィレムはまた王女様からお叱りを受けたという。
結果、私は五人の母になり、笑いの絶えない家庭を築く事になる。
「こんな事になると、思わなかったなぁ」
「ん? 五人も産んだ事言ってるの?」
「それもそうだけど……あの頃は、あなたの隣にいられると思わなかったから」
「言っただろう。俺はしつこいってさ」
もういい年なのに、ヴィレムは相変わらず、散歩中に私の肩を抱いたり、手を繋いだりしてくる。
「帰ったら、お茶しない? 久々に淹れたいのよ」
「リーセのは久々だなぁ。楽しみが増えた」
お互い穏やかな顔で笑いながら、幸せな時を過ごした。