墓穴からの指名2
佳央梨が告げた数字、当然下に円がつくとして三千万円。
麻衣が本当にそれを残したというなら妹の佳央梨が躍起になるのも理解できる。
相澤が40回留年してもいい、いやそれでもまだ余る額だ。
相澤は扇風機もクーラーもついていないこの部屋で時折熱そうに鼻から息を漏らす佳央梨を見つめる。
取らぬ狸の皮算用、この場合は他人の取らぬ狸の皮算用。
要するに嫉妬だ。
ここにきて、麻衣の死から3日たって、初めて相澤は麻衣が死んだことを悔やんだ
「それは……大金ですね」
「はい、だから必ず見つけたいんです」
それはそうだろう、佳央梨の親が来なかったところを見るに両親も違う人間のとこで三千万円の手掛かりを探しているのだろう。
親も麻衣を産んでよかったと歓喜しているだろうなと相澤は思った。
でもなぜ麻衣が三千万円も貯蓄していることを知っているのだろうか、思い返してみても相澤は麻衣がそんな風には見えなかった。
そんな余裕あるのにバイトしていたこともに理解できないことだ。
相澤が不思議に思っているともう聞けることは無いと思ったのか佳央梨は立ち上がった。
「今日はお話が聞けて良かったです、あまり長居してもいけませんしここらへんで失礼します」
長居といっても相澤たちがここに来て30分がたったか経たないかくらいだ。
だが相澤としても帰るという佳央梨を引き留める理由は無い、そもそも予定にないアポなし訪問だからだ。
帰ると言うならそれでいい。
「そうですか、ではまた。
なにかお力になれることがあったら遠慮せずお声がけください。
この度は本当にご愁傷でした」
「ありがとうございます、では失礼します」
軽く頭を下げて去っていった佳央梨を見送った相澤はデスクに腰をかけ考える。
今回の佳央梨の訪問、怪しいことが多すぎる気がする。
まず、本当に三千万円があるのか。
ただの学生である麻衣が本当にそんな大金を持っていたとは信じ難い、現に麻衣は相澤と同じでバイトをしているし、なんなら相澤は三千円を麻衣に貸しているのだ。
そんな大金を持っている人間が金を借りるだろうか。
次に佳央梨の言った「犯人を捜すのは警察に任せます」という発言だ。
普通に考えたら、相澤は『普通』ではないが『普通』について、それを基準に考えたら麻衣を殺した犯人が奪ったと思うのではないだろうか。
だが佳央梨は犯人と金を分けていた。
金目当ての殺人ではないことを確信している様子だったのはなぜだろうか。
別々に起こった事件だとして、そんな偶然があるのだろうか。
まだ何か忘れてる気がするがパッと思いつくのではこのあたりだろうか。
分かったことは佳央梨が操作とか聞き込みに向いていないということだ、性格しかり能力もだ。
相澤だったら他人に三千万を探しているなんて絶対言わない。
他人に先回りされるかもしれないのに、そんな情報をただで渡すのは癪だ。
そもそも相澤には人に理由を言わなくてもいい能力がある、相澤の『精神感応』記憶まで
は見れないまでも心を読むくらいなら朝飯前だ。
会話の中でそれとなく探っていくことだってできる。
しかし、佳央梨はそういう能力ではないということなのだろう。
やけに頭がさえてきた気がする、自分が探偵のようなことばかり考えていることに相澤は気づいた。
馬鹿馬鹿しい
いくら考えたって三千万が手に入るわけでもないというのに。
そもそもどうやって手に入れるつもりだ、お前のその考えは『普通』から離れていないか?
相澤には分からなかった。
どうせ心では皆妬んでいるのが『普通』じゃないのか?
でも行動まではしないし自分のように色々と探るようなことはしないかもしれない。
「ははっ」
そこまで考えて自分の考えていたことが犯罪だということに相澤は気づいた。
やっぱり『普通』じゃなかった。
自分が悩んでいたことが可笑しくてしょうがなかった。
シンプルな感情は大体『普通』じゃないということはとっくに分かっていたはずなのに、三千万という衝撃で忘れてしまってたのだろうか。
冷蔵庫をあける。
佳央梨には出さなかったコーラのペットボトルが入っている。
相澤はどちらかと言うと炭酸が強い方の会社産のが好きだった。
毎日飲むほどに相澤は気に入ってるのでいくつもストックしているのだが、佳央梨出さなかった理由はこれが最後の一本だったからだ。
扇風機もクーラーもないこの部屋はいくら夕方になりかけているとはいえ暑すぎる。
(今度、扇風機くらいは買いに行くか)
コーラを半分まで飲み干して相澤は考えた。
冬のことを考えたら多少高くてもクーラーのがいいか、とバイトの給料と比較してパチンコ貯金を下ろすか真剣に考えてしまう。
最悪パチンコで勝って金を造ればいいという結論に至りクーラーを買うことにした。
実家ではクーラーなんて無くても扇風機さえあれば過ごせるほどだった、その扇風機でさえ余りつけることは無かった気がする。
こっちは暑い、何とか現象と高校の頃に習った気がする。
暑さで馬鹿になる奴がたくさん出てくるだろう、願わくば自分もその一人であってほしいと相澤は思った。
自分がおかしいのに理由があるのは幸せだから。
自分が特別だと信じたかった昔と違い、最近は普通なのだと信じたい。
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