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「だめっ! お兄ちゃん!」
いきなり背負っているシェスカが回した腕の力が強くなり、首を絞められ優真は握っていた刀を落としてしまった。
その言葉と行動は優真が初めて人に抱いた殺意を打ち消すには充分な効力をもっていた。
「ちょっ! 苦しい! 苦しいから!!」
「だめだよお兄ちゃん! ばあちゃが言ってた。怒りの感情に身を任せて人を殺したら、それは人じゃない。化け物になっちゃうんだよ! お兄ちゃんは化け物になっちゃだめっ!」
その言葉は、殺意のまま動こうとしていた優真の心に突き刺さった。
心にかかった黒いもやが徐々に晴れていく。
晴れた先にいたのは、死んだはずの婆さんだった。そして、目の前に現れた彼女は俺の頬をおもいっきり叩いた。
痛々しい音が空間に響きわたる。
自分の心が生み出したもういないとわかっている存在。……だが、彼女に叩かれた頬は何故かひりひりと痛みを伴っていた。
『胸を張れる生き方をしな!』
光の粒となって消え行く最中、彼女が言った言葉は自分の殺意をかき消してしまった。
加減を知らないシェスカは首を締める腕の力を強めて、必死に優真を止めようとする。
「……やばっ、息……出来ない」
しかし、優真が苦しそうにそう呟いたのを聞いて、シェスカは慌てて絞める腕を緩めた。
解放された優真は荒い呼吸を何度も繰り返す。それを見ていたシェスカが謝ってきた。
「……ごめんなさい、お兄ちゃん」
「い……いいんだよ。ありがとなシェスカ。お前が止めてくれなかったら化け物になってたかもしれないな」
そう言った優真の目には、既に殺意は宿っておらず、それを見たシェスカも無邪気な笑顔を見せた。
そして、優真の目は倒れた兵士や他の兵士を見ても変わることはなかった。
◆ ◆ ◆
優真は息が出来なくて暴れた際に取れてしまったフードを再び目深に被り、馬車の中にいる子どもの様子を見た。
そこにいたのは、綺麗な金髪の少女だった。翡翠のような色の瞳は優真を見ており、怯えている様子が見てとれた。
その雰囲気は高貴なイメージが強く、着ているドレスも高そうなものだった。
傍には茶色い髪の短剣二本を握ったメイド姿の少女がおり、二人とも見た感じ10代前半だと思った。
短剣を握ったメイド姿の少女は、いきなり現れた俺を警戒している様子だった。今にも攻撃してきそうな雰囲気を漂わせている。
だが、この少女はおそらく後ろの金髪美少女を守っているだけというのはすぐにわかった。
それなら敵じゃない。
「君たちは無事かい?」
「え? ええ、なんとか」
「だめです! こんな得体も知れない男を信用してはいけません!! ……おい! そこのお前! いったい何が目的だ! 金か? それともこのお方か?」
優真が二人に安否確認の声をかけると金髪美少女の方が少し警戒を緩めて答えたのだが、茶髪のメイド少女が間に入ってそんなことを言ってきた。
「……悪いけど問答している場合じゃないし、さっさと終わらせてくるから……ここでおとなしくしときなよ」
まだ敵は他にもいる。
もしも、また少女が襲われた時、向こうに行けなくなったら面倒だし、さっさと兵士を全滅させるとするか。




