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最終章:後編


 窓の外から鳥の囀りが聞こえる。

 冬だというのに寒さを感じさせない晴れやかな空、こんな日に昼寝でもしたらきっと気持ちいいんだろうな。

「そろそろ時間になります。ご準備の方はよろしいでしょうか?」

 後ろから声をかけられ、私は椅子から立ち上がる。

 出来ることなら、二人にも見てもらいたかった。でも、それは絶対に叶わない。

 涙を流しては、せっかくしてもらった化粧が駄目になるから絶対に泣いてはいけない。今日は絶対に笑顔で終わらせるって決めたじゃないか。

 きっとこの日は、私にとって最良の1日になってくれることだろう。

「いつでも行けます」


 ねぇ天国から見てる?


 私ね、今日……結婚するんだ。


 ◆ ◆ ◆


 音楽が鳴り響き、扉が開かれる。

 そこに立っていたのは、純白のドレスに身を包んだ少女だけだった。傍らに立つ者はおらず、彼女は皆に見守られながら一人でバージンロードを歩く。

 その先には彼女自身が選んだ最愛の相手が立っていた。

 彼女はバージンロードを歩ききると、彼の隣に立つ。

 牧師が聞いてくる。

 貴方はこの者を生涯愛すのかと。

 その答えに迷うことはなかった。

 そして、指輪の交換が行われ、誓いのキスが行われようとした瞬間、空間に異変が起きた。

 その直後に扉が勢いよく開け放たれる。


「ちょっと待ったぁああああ!!!!」


 全員の視線、いや、正確に言うならば、動ける者全員の視線がそちらへと向けられる。

 そこに立っていたのは、スーツ姿の男性だった。

 黒い髪と黒い瞳の男性で、それは彼女のよく知る人物だった。

「……お兄ちゃん……?」

 一筋の涙を流した雨宮由美は、震える声でその名を呼んだ。


 ◆ ◆ ◆


 あり得る筈がない。

 6年前、確かに死んだはずの兄が目の前にいる。

 目の前のことを現実として受け入れたいという願望と、こんなことがありえるはずないと冷静に判断する理性がぶつかり合い、どんどん混乱していく。

 そんな自分の元に、彼はどんどん近付いてくる。

「由美のウェディング姿は死んでも見たかったからな。だいぶ無茶したよ。ただいま」

 それは、少し大人っぽくなっていたが、確かにかつて自分が大好きだった兄の微笑みだった。

「ただいまじゃないよ、バカ兄!」

 素直におかえりと言いたかった。でも、気恥ずかしさのせいか、素直に言うことができなかった。

 そこにいる兄は、気分を害した様子を見せずに母のもとへ向かっていった。


「ただいま、母さん」

 優真は放心状態で座っている人物の前に来て、話しかける。

 すると、母と呼ばれた美穂はようやくその存在に気付き、涙が頬を伝い床に落ちる。

「ゆ……優真なの? 本当に……優真なの?」

「うん。勝手に居なくなってごめんね」

 優真の言葉に、美穂は首を横に振る。

「いいのよ……ちゃんと帰って来てくれただけで、母さんはとっても嬉しいんだから」

 涙を流す美穂は手を広げ、それを見た優真は彼女に抱きついた。

 あの日、自分が取った行動を後悔するつもりはない。ただ、手紙を読んでから、ずっとこの人のことが心配だった。

 勝手に居なくなり、心配をかけてしまった。


 優真は母との抱擁を終えると、自分の目から流れた涙を指で拭った。 

「それでさ、今日は母さんにも会わせたい人がいてね、連れてきていい?」

「そうなの?」

「うん。紹介するよ。この人達が、今の俺の家族だよ」

 優真が指を鳴らすと、閉まっていた扉が開き、そこから色とりどりのドレスに身を包んだ少女達が現れる。そして、その中には赤ちゃんを抱える女性の姿もあった。

「万里華さん!?」

 赤ちゃんを抱いていた女性に向かって、由美は驚いたような声を発した。

「きゃ~! 由美ちゃん久しぶり! そのウェディングドレスすっごく似合ってるね!」

「えっ、あ……いや、ありがとう……ございます?」

 由美は困惑しているのか、ずっと笑顔を向けてくる万里華に褒められてもうまくお礼を言えなかった。だが、それも仕方ないと言えるだろう。

 6年前、事故死した兄に続き、いきなり音信不通になってしまった姉的存在が赤ちゃんを抱いて帰ってきたのだ。そのうえ、何故か参列者が全員時間が止まったかのように動かない。

「ねぇねぇママ、この人だぁれ? パパの新ちいお嫁しゃん?」

「えっ!?」

 いつの間にか現れた5歳くらいの女の子が万里華のドレスをくいくいと引っ張りながらそんなことを聞き始め、由美はどんどん訳がわからなくなってくる。

「優華、この人はね。ママのお友達で由美ちゃんって言うの。ほら、皆のお姉ちゃんとして挨拶してね」

「わかりまちた。はじめまちて。パパとママのむしゅめで雨宮優華って言いましゅ」

「えっ……あ、ご丁寧にどうも。雨宮由美って言います。よろしく、優華ちゃん」

「よろちくでしゅ」

 ぎこちないお辞儀をしてくる少女を前に、由美は更に困惑していく。

 苦笑いを浮かべる由美は、万里華の方を見た。

 彼女の雰囲気は前よりも大人っぽくなっていた。

 そして、彼女は由美に向かって告げた。

「私ね、自分の子どもがこんなに可愛く思えるなんて……思ってもみなかったんだ……全部優真のお陰……」

 そう言った彼女は、右手で由美を抱き寄せた。

「ごめんね。大変な時に一人にして……」

 その行動に驚く由美だったが、その久しぶりの抱擁は、彼女の目頭を熱くした。

「いいんです。万里華さんは万里華さんの意志でその道を選んだんですよね?」

「……うん。私、後悔してない……」

 その言葉を聞いた万里華はうなずくと、由美から少し離れ、目に涙を溜めたまま満面の笑みを向けた。

「……だって私、今は子どもが好きだって思えるくらい幸せだもん!」


 ◆ ◆ ◆ 


「この方がユーマさんの妹さんなんですか?」

 後ろからそう聞かれた瞬間、万里華は自分の目元を指で拭い、いつも通りの笑顔をうしろにいた女性に向けた。

「そうだよ。由美ちゃんって言うんだ」

 由美の前に現れた女性は栗色の髪の女性だった。足元に4歳くらいの男の子を連れたその人を見た瞬間、由美は色々と負けたような気がした。

「えっ……万里華さん、この美人誰!? 家事も完璧そうで包容力もありつつ更には胸に爆弾まで詰めてるこのお兄ちゃんにはもったいなさ過ぎる人は誰っ!?」

「……あはは……言いたいことはわかるけど爆弾は詰めてないよ?」

 由美の反応に苦笑いを向ける万里華とは正反対に、シルヴィは笑顔で礼儀正しき所作でお辞儀した。

「初めまして。私は雨宮シルヴィと言います」

「雨宮? ……てことはやっぱり……」

「うん。シルヴィは優真の奥さん。ついでに私も優真とは結婚してるんだ!」

「……ぇ……奥さんが二人……? お兄ちゃんが二股……? ……もう訳わかんない……」

 万里華が笑顔でそう言った瞬間、由美の脳は限界に達し、彼女は倒れた。


 ◆ ◆ ◆


 目を覚ますと、そこには10歳くらいの少女が至近距離まで顔を近付けていた。

「こら、シェスカ! そんなに顔を近付けたら由美が驚くだろ」

「えへへ~」

 かわいらしい笑みを向けた少女は、聞き覚えのある声で、どこかに行ってしまった。少女の方を目で追うと、5人の高校生くらいの集団のもとに行ってしまった。

 その内の一人は、万里華と同じように赤ちゃんを抱き抱えていた。

(金髪碧眼の子ってリアルで初めて見た……)

 そんなことを思っている由美の傍に、誰かが座った。

「大丈夫か? 無理させすぎたか?」

 体を起こしてそちらへ目を向けると、桃色の髪の女性に後ろから抱きつかれた兄と、銀色のドレスに身を包んだ銀髪の少女が、そこにいた。

「……ハナ、ご主人様困ってる……」

「見てよメイデン! この子目元とかユウタンそっくりだよ!!」

「……いや、普通はここって家族同士で二人っきりにしてくれるシーンじゃないの?」

「はい! 私も家族です!」

「……同じく……なんなら私の中にもいる」

「ハイハイ、わかったから、とりあえず二人っきりにしてくれ」

「え~ユウタン冷た~い」

「……だから言った……今日は甘えるのだめ……」

 そんなやり取りを終え、ハナとメイデンは皆の元に戻っていった。

「え……あの銀髪の人もお兄ちゃんの奥さん? でもお腹膨らんでない……」

「まだ3ヶ月くらいだからな。そんなに目立たんよ。てか、正確には両方とも俺の奥さんだ」

「えっ!? 今お兄ちゃん奥さん何人居るの?」

「ん? ああ、なるほどね。俺が今暮らしているところは一夫多妻制で、奥さんは6人、子どもは15人居る」

「15!? 野球どころかサッカー出来るじゃん!!」

「だな~俺も驚いてるくらいだ……」

「なぁなぁダンナ!! あっちの人からあやとりってやつ習ってきた!!」

 そう言って走ってきた赤髪の少女のお腹は、先程の少女と異なり、少し膨らんでいるように見えた。

「おいおい……嬉しいのはわかるが転ぶと危険なんだからホムラはもうちょっとゆっくり歩きなよ」

「あっ、そうだったそうだった……お? 誰かと話してたのか? 悪い、邪魔しちまった」

 笑みを向けてきた少女はそう言うと、美穂の元に戻っていった。


「面白い人だね……? どうしたの?」

 由美がホムラの方に向けていた視線を優真に向けた瞬間、優真はなにかを空中で操作しているように見えた。

 そして、彼は急ににやりと笑った。

「ようやく手続きが終わったらしいな」

 そう言って立ち上がった兄に首を傾げる由美。だが、彼女は見逃さなかった。

 先程まで何も握られていなかったその手にいきなり鍵が握られたところを。

「今日の主役に新婦の兄からプレゼントだ!」

 その合図を聞いた瞬間、万里華達は自分の子ども達を扉から離れさせた。

「【解錠(アンロック)】!!」

 優真は手に持つ神器の能力を発動した。

 次の瞬間、厳かな門がそこに出現した。 

 そして、ゆっくりと門が開かれ、そこから白い衣に身を包んだ少女と、黒髪に一房の赤い髪とオッドアイが特徴的な男性が何の枷も着けずに現れた。

 その人物を見た瞬間、由美と美穂は優真の時よりも信じられなさそうな表情を見せ、涙を流した。

 そして、優真は由美に向かって笑みを向けた。


「お盆には間に合わなかったが、ちゃんと連れ帰ってきたぞ、由美!」


 ◆ ◆ ◆


「……本当に良いのか?」

 目の前にある光景を見て、男は門の前で少女に問う。

「勘違いしないでくれ。これは異世界追放というちゃんとした罰だ。殺すや地獄行きが生ぬるく感じる程の罰なんなぞ? 神の加護も失い、帰ることすら許されない……今回は偶然、追放場所がここだっただけさ!」

「……感謝する」

 そう言うと、雨宮優雅はよろめきながら駆け寄ってくる美穂を抱き止めた。

 そんな彼の背中に子どもを司る女神は深々と頭を下げた。

「……本当にすみませんでした。私は、自分の為に貴方の言葉を無視して貴方の息子を利用した。とても謝って許されることではないけど……」

「優真が言ったんです」

「……え?」

 優雅の発言に、子どもを司る女神は驚いたような表情を見せる。そして、優雅はゆっくりと彼女の方へ体を向けた。

「今いるあの場所と護るべき大切な存在達を守りたいと、あの子は私にそう言ったんです。それは、私の言葉でも揺るがないあの子自身の意思。だったら私は、あの子の父親としてそれを尊重してあげたい。だからこれからも、あの子をよろしくお願いします」

 優雅は優しい微笑みを彼女に向ける。

 彼は神という存在を憎んでいた。

 自分の息子を殺そうとし、大切な仲間を殺した神という存在をただただ憎んでいた。

 きっと勝手に息子を巻き込んだ彼女にも怒りはあったはずだ。そんな彼女に、自分の大切な息子を頼むと、彼は言った。

 それは、そんな簡単に出来ることではなかった。

 その言葉の重みをその身で感じ、子どもを司る女神は家族の元に向かって歩く彼に向かって勢いよく頭を下げた。


 ◆ ◆ ◆


「おかえり、父さん」

 女神様に連れられてきた父さんは、未だに涙を流している母さんの肩を抱いて、立てなくなってしまう程泣いた由美の傍にいた俺のもとまで歩いてきた。

「ただいま」

 そう言った父さんは、俺をハグしてきた。

 その行動は言葉で言い表せない程の温もりを感じさせ、今まで我慢してきた涙を勝手に流させる。

「優真……お前のお陰で、もう二度と会えないと思っていた二人とまたこうして会うことが出来た。ありがとう」

「……父さん……」

 その言葉を聞いて、俺はこれまでの頑張りが報われたような気がした。

「また絶対来るから……そん時、悪さして母さんや由美を困らせちゃ駄目だよ?」

「わかってるさ……」


 父さんと……離れたくない。


「能力の使用も、あっちの世界のことを喋るのも全部禁止なんだからな!」

「……ああ、聞いたよ……」

 

 いっぱい……いっぱい話したいことがあるのに…………まだ……帰りたくない!


「俺は……あっちで一杯やることがあるんだから、俺の仕事を絶対に増やすんじゃ……ねぇぞ……」

「優真」

 俺の名を呼んだ父さんは、涙でぐしゃぐしゃになった俺の顔を見て、やすらぎを与えるような笑みを見せた。

「お前なら出来るよ」

 その言葉はまるで、不安な俺の心を見透かしたかのような言葉だった。

「父さん達は、例え世界中の全員が敵になったとしても、優真の味方だからな」

「…………うん……! 俺……あっちで頑張るよ……」


 門が消え、優真達の入ってきた扉が開く。

「もう……時間だな……」

 扉の前に立つ青年を見た優真が呟く。

 シルヴィやユリスティナといった面々が先導し、子ども達がどんどん扉の奥へと消えていく。そして、腕で泣いた痕を拭った優真の隣に来た万里華だけが残る。

「それじゃあ父さん、母さん、由美……行ってきます」

 そう告げて去ろうとした優真を見て、由美と美穂が慌てて引き留めようとするが、それを優雅は手で制した。

 そして、優雅はあっちの世界に戻ろうとしている優真に声をかけた。

「優真」

「ん?」

 優雅に呼び止められ、優真は振り返る。

「お前にずっと聞きたかったことがあるんだ」

 その言葉に疑問を抱く優真に向かって、優雅はその質問を投げかけた。

「お前は眷族になり、その筆頭にもなった。聞けば、創造神から神にしてやるとも言われ、それを断ったんだって?」

「……まぁ……そうだね」

「なら……お前はいったい何になりたいんだ?」


 その質問を聞いた瞬間、俺はすぐには答えを返せなかった。


 保育士になりたい。

 そう思って勉強をして、そう思って生きてきた。あっちの世界に行ってもそれは変わらなくて、でも、今はそれほどなりたいとは思っていない。

 なんでだろうか?

 答えは考えるまでもない。

「俺は今の生活が楽しいんだ。愛する妻がいて、愛する子どもたちがいる。だから、俺は今の幸せな生活を続けていきたいんだ……」

 そう答えながら、俺は万里華の肩を抱いて父さん達を視界に収める。

「……それでも、人生が思い通りにいくことはない。いつも唐突に事件に巻き込まれるし、突然、自分の知らないところで誰かが死ぬこともある。だから、俺は俺の愛する人や、子どもたちが安心して暮らせるような世界を作っていきたい。皆と一緒に子どもたちが自由に生きられる楽しい未来を作っていきたい。それが……今の俺のやりたいことだよ!」


 その言葉を告げた優真は、見送る三人に満面の笑みを見せ、扉の奥に消えていってしまった。


 扉が閉まると同時に、会場の時間は元通りになり、周りがざわめき始める。それも仕方ないといえるだろう。何故なら、先程まで壇上に居た新婦が一瞬で移動しており、いつの間にか見知らぬ人物がこの場所にいるのだから。

 だが、そんな周りの様子を気にすることなく、美穂は肩を抱いてくる優雅に問う。

「あれで良かったの?」

 心配そうに聞いた妻を見て、優雅は彼女に向かって「大丈夫さ」と言って微笑む。

 そして、息子の消えた扉に目を向けた。


「あの子の選んだ道だ。見送る理由にそれ以外の言葉は必要無いよ」


 ◆ ◆ ◆


 きっとこれから先、我が眷族、雨宮優真には多くの災難が待ち構えていることだろう。


 だが、彼なら大丈夫だ。


 何故なら彼はあの時と違って一人ではない。


 彼と共に戦う仲間が居て、彼を支えてくれる家族がいる。


 そんな彼だからこそ、私は切に願う。


 彼の行く末が明るいものであるのと同時に、彼の望みが叶うことを。



 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 これにて『条件が揃わないと最強になれない男は、保育士になりたかった!』は終了になります。

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