56-1
俺達の居た空間は崩れゆく音と共に消えた。
戻った俺の前にはパルシアスが立っていて、彼は俺の肩に手を置くと一言こう言った。
「悪いようにはしないよ」
その言葉は、不思議と信用できた。
俺は立ち上がり、父さんがパルシアスの手で地獄に連れていかれる光景を見送った。
皆の見ている前だ。
絶対に情けないところは見せられない。
そう思っていても、涙は勝手に溢れてきた。
父さんは俺の方へ目を向けたが、すぐにパルシアスと共に地獄へと向かった。
その姿を見送って、俺は皆にただいまと告げたかったが、体から急に力が抜け、そのまま気を失ってしまった。
◆ ◆ ◆
本拠内の惨状は、酷いものだった。
昨日まで共に笑いあっていた者達は、笑うどころか、話しかけても返事をしてくれない。
どんなに揺すっても、反応はかえってこない。
「戦争とはむごいのぅ……」
白髪の少女は、仲の良かった者の傍でそう呟いた。
涙ぐむ彼女の姿を、彼は冷静な眼差しで見る。
「その戦争が起きた原因の一つは僕達にもあるんだ。理由はどうあれ、それを予期出来なかった僕達にも非がある」
彼の言葉は、彼女にもわかっていたことだった。
敵の一人がこんなことをした理由が自分達の態度にあることを。だが、素直に受け止められないのだ。
「これは必要な犠牲じゃったのか? 妾がこっちに居ればーー」
「それじゃ無駄に一つの死体が増えるだけで何の解決にもならないよ。それどころか、君が守った者達も死んでたかもしれない。多くの犠牲はあったけど、結局これが一番犠牲が少なくなる方法だったんだよ」
「それじゃなにか! この者達が死んだのは必然じゃったとでも言いたいのか!! この者達が死なねば勝利はあり得なかったと! お主はそう言いたいのか!!」
少女は激昂した。
涙を流し、自分よりも背の高い彼を見上げながら、その目を鋭くする。
「そんなことないさ」
青年はその言葉で彼女の言葉を否定した。
「彼女達は確かに犠牲になったが、女神様の指示は避難だったはずだ。それが意味するのはたった一つ、彼女達は女神様の指示を聞かなかったんだ」
その言葉に、少女は衝撃を受けたような表情を見せた。
「僕は確かに全てを見ていた。だからこそ、女神様に連絡を入れたんだ。彼女達が本拠で戦っている、と。当然、女神様は彼女達に何度も何度も逃げるように言った。だが、それでも、彼女達は聞かなかった。自分達の思い出がつまったこの場所を、家族で過ごしたこの大切な空間を守る為に、彼女達は、犠牲になることを選んだ。……だから、悲しむんじゃなく、誇ろう。僕達の家族は、女神様と、その居場所の為に、必死に戦い、そのお陰で女神様は無事だった」
「…………パルシアスは悲しくないのか?」
「悲しいさ……でも、僕よりも悲しんでいるお方がいる。計画の都合上、僕やエパルを出すことが出来ずに多くの子どもを失った。……一番責任を感じ、誰よりも悲しんでいる……でも、それをおくびにも出すことは出来ない。あの方が気丈に振る舞っている以上、眷族筆頭の僕がこんなところで立ち止まっている訳にはいかないのさ」
パルシアスはそう言うと、エパルに背を向け、去っていった。
そんな彼の足下に雫が1滴落ちたのを、エパルは見なかったことにしてあげた。




