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彼が限界だということは、すぐにわかった。
目の焦点はあっておらず、ふらふらと身体をよろめかせながら、彼はパルシアスの前に立つ。
「……なんで……」
パルシアスは、彼の握られた右拳を見て、悔しそうに、そう呟いた。
「勘違い……すんな……」
その言葉で、パルシアスはバラドゥーマの表情を見た。
その目は、先程までとは少し違うように感じた。
「自分が……もうすぐ死ぬってのは、自分が一番わかる。俺みたいな奴が死んだところで、奪ってきた命が生き返る訳でも、犯してしまった過ちが許される訳でもない。……だが、俺が納得できないんだ!」
力強くそう言ったバラドゥーマは、自分の右拳を顔の前まで持ってきて、悔しそうな表情を見せた。
「俺は許されてはならない過ちを犯した。力を欲し、俺を支えてくれた仲間……いや、かけがえのない家族をこの手で殺してしまった!! キュロスやパルシアスに対して、殺意を込めた拳を握ってしまった!! だから……これは俺のエゴだ! お前が俺をここに放置しようと、俺をこの場で殺そうと、俺はお前を恨まない。ただ、最後に握った拳があんなんじゃ、あいつらに申し訳たたねぇ……」
そう言ったバラドゥーマの辛そうな表情は、とても演技には見えなかった。
その表情を見た瞬間、パルシアスは頭をかきむしりながらため息を吐くと、しょうがないなぁ、と嬉しそうに小声で呟いた。そして、その場から立ち上がり、背中を見せながら彼から少し距離を取った。
そして、驚いた表情を見せるバラドゥーマに対して、身体ごと向き直った。
「バカだな~、バラドゥーマは! 僕がそれを受けない訳ないじゃないか!!!」
パルシアスがそう言った瞬間、彼から神々しい白銀色のオーラが、覇気と共に放たれた。
それは、並の眷族や眷族筆頭であれば、間近にいるだけで失神するほどのものだった。
だが、バラドゥーマはそれを見た瞬間、小さく笑い、彼に聞こえないよう短く一言だけ、こう呟いた。
「……ありがとよ……」
そして、バラドゥーマもまた、赤銅色のオーラを纏い始めた。




