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私を鞭で打つ貴族を名乗る青年が、日に日に苛立つのがわかった。
このままでは死ぬ。
そう思った私は、彼の貴章が自分達の住んでいる所にあると、彼に伝えた。
本当は紀章なんてあるはずがない。
それでも、死ぬ前にメリアに会いたい。どうせ死ぬくらいなら、メリアに会ってから死にたい。
そう思った。
文字も書けない。地名も大雑把にしかわからない。絵も書けない。
そんな私の家を知る方法はただ一つ。
そして、私の望み通り、貴族の青年は、私を案内係として同行させた。
手を縛られ、体を奴隷に持たれたまま、道案内をする。
そして、ようやく布で作られた壁で囲まれた床が地面の屋根無し家についた。
しかし、そこにただいまと言ってくれる妹はいなかった。
居たのは、鼻をつんざくような異臭を放ちながら、虫にたかられる少女の亡骸だけ。
信じたくなかった。
目の前の事実を、必死に否定したかった。
当然だ。彼女には、私以外の親族はおらず、私以外に頼れる者もいない。
金はなく、食べるものだってない。
身体が弱い妹が、生きていられる要素なんて、何一つなかった。でも、子どもにそこまでの知識なんてない。
何度名前を呼んでも彼女は応答しない。
痛みで動けなくなっていた身体をよじらせ、地面を這って彼女のもとに行き、身を揺すっても、変化はない。
妹は死んだ。
誰かに助けられることもなく、死んだ。
唯一の血の繋がった兄は捕らえられ、たった一人で、私の帰りを待って、死んだ。
涙はやがて、赤い色に染まっていく。
親も奪い、住む場所も、まともな環境も奪われ、そして、最後の生きる意味さえ奪われる。
こんな理不尽を、私は許せなかった。
貴族の青年達が、死んだ妹に抱きつく私の横で探し物を続けていた。
そして、青年が奴隷に命令する。
妹の遺体をどっかに棄ててこい、と。
可哀想なものでも見るような視線をこちらに向けていた奴隷ではあったが、主人の命令には逆らえない。
奴隷の一人が私を、妹から引き剥がし、もう一人の奴隷が泣き叫ぶ私の声を無視して、妹の遺体を乱雑に掴み上げた。
その瞬間、私の何かが悲鳴と共にかき消え、それと同時に、一人の鬼がそこに誕生した。




