55-77
当時10歳のアルゼンは、人が廃棄した食料や、生えている草を食べて生活していた。
できるだけ汚れて無いものを探し、時には酔っ払って寝ている男の財布から金を盗んだりもした。
だが、彼は汚れていない食料を自分で食べることはなかった。時にはひもじくても我慢し、必死に手に入れた食料もボロ着で包んで持って帰る。
そんな生活を送っている彼だったが、それでも幸せだと感じていた。
それは、たった一人で自分の帰りを待つ妹が、おかえりと言ってくれるからだ。
手に入れた食料の中でも一際綺麗なものを渡し、彼自身は必要最低限で我慢する。
妹のメリアは生まれつき体が弱い。
医者は金の無い孤児を診察することはないし、お金を恵んでほしいと教会に行っても追い出される。
本当は綺麗な洋服だったり、美味しい食事を与えたりしたかった。でも、働かせてもらえない。
住む場所が無いから風の冷たい夜は、いつも具合が悪そうなメリア。
親が自分達を見捨てなければこんなことにはならなかった。
大人達がお金や食料をくれれば、こんな辛そうな表情をさせずにすんだ。
アルゼンの心の支えはメリアただ一人。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても、彼女さえ隣に居てくれるのであれば、それで彼は幸せだった。
そんなある日、アルゼンは、いつものようにメリアへ行ってきますと言って、外で食料を探しにいこうとしていた。
だが、腕を急に引っ張られた。
振り向くと、そこには涙を流すメリアの姿があった。
「お兄ぢゃん……いがないでぇ……」
彼女はアルゼンに向かってそう言うが、アルゼンもその日の食事を調達しなければならなかった。
寂しい思いをしているんだろうな。そんなことを思いながら、アルゼンは彼女の頭を撫でた。
「大丈夫、すぐに帰ってくるよ」
安心させるためにそう言ったアルゼンだった。
迷惑をかけたくなかったのだろう。嫌われたくなかったのだろう。
メリアは涙を流しながら、アルゼンの腕を離した。
この時、彼女の話を聞いていれば……あんなことにはなっていなかったのだろう。
どうして彼女の一生に一度の我が儘を聞いてあげてやれなかったのか……千年以上経った今でも、あの時の選択が悔やまれた。




