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アルゼンの姿が優真の前から消える。それと同時に、子どもを司る女神の前に剣を構えながら突っ込んでくるアルゼンの姿が映った。
(……逃げろ……!!)
声にならない叫びが届いたのか、子どもを司る女神が優真の方を見た。
「ごめん、優真君……君にはたくさん迷惑かけたね……後のことは……頼んだよ?」
涙を流しながらそう言った彼女は、覚悟を決めたかのように力強く目を閉じる。
しかし、いくら待っても攻撃は来なかった。
恐る恐る目を開けば、剣は直前で止まっていた。
彼女に剣を振り下ろそうとしていた彼の腕はカタカタと震え、流れるはずのない涙が、彼の目から流れていた。
「……メ……リ……ア……?」
掠れたような声でその言葉を発するアルゼン。しかし、その最大のチャンスを、優真が黙って見過ごすはずがなかった。
アルゼンの震えが止まり、剣を持った手が再び動き出そうとした次の瞬間、子どもを司る女神とアルゼンの間に一人の男性が割って入る。
それは、先程まで動けない状態にあった優真であった。
彼は、怒りを感じさせる表情で、刀を低い位置から振るった。その攻撃は神器紅華の能力【流動】の効果を全面に発揮していた。
その神速の一撃は、アルゼンの両手首を断ち斬り、一瞬だけ、彼の手から剣が落ちた。
そして、優真は何も言わずに彼の体を蹴飛ばし、自分が叩きつけられていたコンクリートに叩き付けた。
彼の手から離れた剣は、所有者の存在を感知できない距離まで離された為、粉々に砕け散っていく。
そして、壁に叩き付けられ気を失った彼は、元の人間の姿に戻っていた。
◆ ◆ ◆
アルゼンがまだ人間だった頃、彼の住んでいた国は飢饉に苛まれていた。
その頃のアルゼンは、その日の食事を一生懸命探すただの孤児だった。
毎日大人に蔑まれ、生きる為にどんなことにも手を出す生活。それは、決して楽しいものではなかった。
同じ境遇の者が、毎日のようにどこかで死んでいく。
そんな世界を、彼はたった一つの大切な存在と共に生きていた。
その大切な存在というのがメリアという名の幼き少女、彼の生きる希望だった。




