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骸骨の姿になってから、彼は徐々に口数が減っていた。
タッチパネルから放たれたミハエラの声は、彼の意識が【死滅之王】に喰われていっているという事実のみを告げてくる。
最初の頃に比べれば、アルゼンの剣筋は単調になっていた。だが、それでも相手の身体能力は【剛勇之王】で完全強化された優真に匹敵してくる。
そんな化け物が今、更に一段階、強化されようとしていた。
体力も奪われ、既にいっぱいいっぱいの優真にとってそれは、絶望以外のなにものでもない。
理由はそれだけだった。
アルゼンの双剣は仰々しい一本の剣となって、優真の視界に現れる。それを見た優真は、剣で攻撃される前に、本気でアルゼンを倒そうとした。
だが、優真が一歩踏み出した瞬間、優真の体は、左肩から右の脇腹にかけて、大きく斬られた。
幸い、【剛勇之王】の効果で防御力が強化されていた為、見た目ほど深い傷ではない。
だが、タナトスの剣で斬られたという事実は変わらない。
生命力をごっそりと持っていかれた優真は意識が大きく揺さぶられる感覚にかろうじて耐えることしかできず、そのまま膝から崩れ落ちた。
体から流れる赤い液体に手を触れれば、べっとりと手が赤く染まっていく。
そして、掠れていく視界を、優真はアルゼンの方に向けた。
そこには、今にも剣を振り下ろそうとしているアルゼンの姿があった。
優真の表情に恐怖の色が浮かび上がる。
手は震え、足は硬直して動かない。目は見開き、その光景を脳に刻みこむ。
喉から声を絞り出そうとしても、彼の声が言葉に変化することはない。
迫り来る死に抵抗する手段など、今の優真にはなかった。
「やめろ!」
その声は、すぐそばから聞こえてきた。
この一年で何度も何度も聞いてきたせいで、見なくても誰だかすぐにわかった。
そして、それはタッチパネル越しの声でもなかった。
「…………め……がみ……様……?」
優真は掠れた声で、彼女の名前を呼んだ。
優真を今にも殺そうとしていたアルゼンに声をかけた者、それは子どもを司る女神であった。
「君の目的は私なんだろ! 私の大切な眷族に手を出すな!!」
その少女は、黙ってこちらに視線を向けてくる骸骨に対して語気を強くしながらそう言った。
彼女の四肢は震えており、恐怖を感じているのが、優真にはすぐにわかった。
自分のせいで、彼女にそんなことをさせているという事実に、優真は無意識の内に死の恐怖から解放されていた。
しかし、その頃には既に、アルゼンの標的は変更されていた。




