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その光景は、アルゼンに決して少なくない動揺を与えた。
それは、次に行われる攻撃に対応が遅れる程の致命的なミスであった。
直後、驚いているアルゼンの視界が反転する。
全てが先程と比べて真逆なものとなり、落下していくような感覚を抱きながら、その言葉をアルゼンは耳にした。
「十華剣式、惨の型、曼珠沙華の舞い」
それがアルゼンの首を斬った技の名だった。
◆ ◆ ◆
優真は神器紅華の柄を握りしめ、自分が斬った者に視線を向ける。
体は立ったまま首だけが落ちたアルゼンは、微動だにしない。倒れることはなく、それから目を背けるように下を見た優真も、追撃しようとはしていなかった。
(……時空神様のことを疑ってる訳じゃないけど……出来れば違っててほしいんだが……)
だが、残念なことに時空神の言葉が偽りではないことを、優真はすぐに理解してしまう。
微動だにしなかったアルゼンの体が倒れるでもなく、自分の首を拾い、はめ直したのだ。
その光景に、優真は過去一番と言っていい程の恐怖を感じた。
どんなモンスターも、眷族や神と呼ばれる存在ですら、首を斬られれば絶命してしまう。
だが、彼は違う。
首を斬ろうと、四肢を斬ろうと、剣を心臓の辺りに突き刺そうと、彼の体が真の意味で死ぬことはない。
彼の魂と命は全て彼の持つ剣に込められており、それを粉々に砕けば、彼を倒すことができる。
その情報を知ったとき、正直言って半信半疑だった。
だが、この光景を見て、疑いなんてものは一瞬で無くなった。
(……こんな化け物を殺せ……か……)
子どもを司る女神越しに時空神から与えられた役割を思い出した瞬間、優真の表情は曇った。
◆ ◆ ◆
俺は今まで、人を殺すということをしてこなかった。
それは、怒りの感情に任せて殺すのがいけないことなのだと自分に言い聞かせてきた結果に過ぎない。
幻覚だったのかもしれない。
幻聴だったのかもしれない。
あの人はもう死んでいて、あの時にはもう、喋ることなんて出来るはずがなかった。
それでも、俺があの人とそう約束したことに違いはない。
どうせ、この心情も、このつまらないエゴも全てを聞いているであろううちの女神様には俺の思っていることなんてお見通しなのだろう。だから、ここで先に謝っておこう。
「すいませんね、女神様。後でお叱りでもなんでも受けてやるから、一つだけここに明言させてくれ!」
優真はそう言うと、強く握りしめた刀をアルゼンに向ける。
「悪いけど、時空神様のご意向にはそえそうにないわ!」
そう言った優真の表情からは、完全に迷いが消えたかのような笑顔が見受けられた。




