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男はかつて、人間という種族に憧れていた。
短い一生の中で様々な可能性を見出だす彼らの生き方に、眷族という枷に縛られた彼は、その生き方を心の底で羨ましいとも感じていた。
◆ ◆ ◆
剣と銃身が重なる音が周囲に響きわたる。
一人は周囲の熱量を数倍にもはね上げる程の炎を纏う黒髪に一房の赤髪という珍しい特徴を持った男性。
対するは、視認できる程の風を周囲に発生させた隻腕の老剣士。
二人は一進一退の攻防を続けている。
強者同士の戦いにおいて、少しの油断や隙は文字通り命取りとなる。しかし、二人は神速の動きを繰り出しながら、一切ミスを犯していない。
一手でも判断を誤れば死ぬ。
二人はそんな緊張感を抱きながら、攻撃を繰り出し続けていた。
炎を纏った弾丸がハルマハラに迫る。
それを見たハルマハラは剣を強く握りしめ、一閃した。
意図も容易く防がれた弾丸が床に落ちるその光景に、炎帝の視線が一瞬向けられる。
だが、その一瞬の間に、ハルマハラは距離を目の前まで詰めていた。
「余所見とは余裕ですね」
その言葉を告げた直後、ハルマハラの剣による神速の斬撃が炎帝の体に無数の傷痕をつけた。
しかし、それはまやかしだった。
炎帝の体がまるで炎のように揺らめき、ハルマハラの視界から姿を消した。
奥の手を使用したこの状態でも本体を見抜けないその事実に、ハルマハラは一瞬動揺を見せるも、すぐにその場から離れた。
先程までハルマハラの居た位置に三発の炎弾が撃ち込まれる。
「……先程から炎弾のスピードが速くなっている気が……!?」
移動しながら冷静に分析していたハルマハラの動きが突然鈍くなる。
その決定的な隙を逃す炎帝ではなかった。
炎帝の銃が火を噴いた。
永遠に続くかと思われたその戦いは僅か10分で終わりを迎えた。
ハルマハラの口から血が吐き出された直後、防ぐことの出来なかった銃弾が彼の左胸を貫通したのだ。
それは、撃った優雅でさえ、予想できなかった終結だった。
絶対に防がれると予期していた銃弾は、ハルマハラが何故か剣を落としたことによって、彼の胸を抉ったのだ。
喀血も、銃弾が原因ではない。
相手していた優雅には、何がなんだかわからなかった。
だが、そのせいもあってか、優雅は慌てて倒れてしまったかつての仲間に駆け寄り、彼の体を抱き起こす。
焦りからなのか、優雅は特殊能力を全て解いており、先程までの冷徹な表情は見る影もない。
そこにいたのは、純粋に仲間を心配しているだけの、ただの人間だった。
「……ハルマハラ……お前……」
抱き起こすハルマハラの目は薄く開き、彼の生気は流れ出る血と共に、徐々に失われていく。
そして、彼はかつての仲間に向かって弱々しく笑った。
「……はは……申し訳ない……もう私は……神の力を借りたただの人間……世界最強と唱われた剣士……創世期最後の生き残りテュポーン……その最期の相手が貴方で……本当に良かった……」
彼の死にゆくようなセリフに、優雅は悔しそうに涙を流した。
◆ ◆ ◆
ハルマハラという名は、テュポーンが眷族筆頭時代に初めて出来た人間の親友の名だった。
とても優しい老人で、彼とは茶を飲みながら話すのが日課になっていった。
しかし、ハルマハラという人間は寿命で死んだ。




