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内情を聞いていたワイズオウルからの話が大方終わり、麒麟が次の質問をしようと、ワイズオウルの名を呼んだ瞬間、麒麟がいきなりワイズオウルとは別の方に顔を向けた。
新たな刺客の可能性を考えたハナとメイデンも急いでそちらに警戒するが、そこには何もなかった。
二人は疑問に思い、麒麟に何があったのかを聞こうとした。しかし、彼の表情を見た瞬間、何も言えなくなった。
彼はどこか哀しそうな様子だった。
「……無茶しおって……」
麒麟は誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、その表情から悲壮の色を消した。
「ハナ、メイデン、お主達は急いで本拠地に戻りなさい」
その言葉に、二人は驚いたような声を出すが、彼女達が二の句を告げる前に、麒麟が続けた。
「ここはわしと四神がこの名にかけて守ってやろう。お主達は彼の元に戻りなさい。それがお主達の今やるべきことじゃ」
その雰囲気と言葉に、メイデンとハナはお互いの顔を見合わせ、頷いた。
どうやら、二人の方針は決まったようだ。
メイデンは、いつの間にかカリュアドスの傍にいた鉄の女神にお願いがあると言ってそちらの方に行ったハナを見送り、麒麟に近付いた。
「……麒麟様に……その……お願いがあるのですが……」
申し訳なさそうにメイデンがそう言うと、麒麟は顔に優しい笑みを見せ、好きにしたまえと一言だけ彼女にそう言った。
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げたメイデンは、顔をあげると、ワイズオウルの傍にいるミナの元へ向かった。
「……20年前……貴女を地獄におとしたこと……謝る……ごめん……」
メイデンは不器用に謝るが、ミナの表情には確かな怯えが見受けられた。きっと想像もつかないような恐怖を、20年間一人で味わい続けたのだろう。
「……あの時の私は……本当に何も知らなかった……ううん……きっと、知ってたとしても、貴女を地獄に落としてたと思う……でも、今は違うの」
その違うという言葉に、ミナの意識が反応を示した。
「……私も罪人だった……貴女よりも多くの罪を犯したし、この手で多くの命を奪ってた……でも、私は多くの人に支えられて今もここにいる……それをあの人が思い出させてくれた」
メイデンの頬は微かに赤く染まり、一人の男性のことを思い浮かべていた。
自分を道具としてではなく、メイデン・クロムウェルという一人の人間として接し、自分が周りから嫌われ、恐れられていると知ってなお、自分を軽蔑しなかった不思議な人。
殺そうとした相手にまで手を伸ばそうとするお人好し。
でも、そのどれもが自分の中でいまいちくっきりしない。
彼を形容するなら、これしかないのだと確信できる。
「私が心の底から愛するご主人様。……あの人のお陰で、今の私がここにいる。だから、私もあの人のように、昔の私そっくりの貴女に救いの手を差し伸べてあげたい」
そう言ったメイデンは、見る者に安心感を与えるような微笑みをミナに向けながら、彼女に向かって手を差し出した。
「……私のことは信用しなくていい。でも、私は絶対に貴女を裏切らない。貴女がまたこんな間違いを犯した時は、私が止めて、貴女を叱ってあげるから。だから、何かを怨んだまま生きるのはもうやめて……これからは一緒に、私達と楽しいことを一緒にしましょ?」
「…………いいの?」
大粒の涙を流すミナは、そう聞いた。
その言葉に、メイデンは優しく微笑み、そして、頷いた。
ミナは、それを見た瞬間、大声で泣きわめきながら、彼女の胸に抱きついた。




