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「……そんなこと……ないです……」
ハナはそう言うと、女神の膝枕から自分で抜け出し、正座している彼女の正面に立った。
「私は別に……あの時間を苦だと感じたことは、一度たりともありません。……確かに勝手に抜け出して、外の世界を見に行ったことは1回や2回じゃありませんが……それでも、女神様がいて、眷族の仲間達がいて、私を慕ってくれる天使の皆がいる……そんなこの場所が、私は大好きでした。だから、女神様のことは世界で一番大好きです。ユウタンよりも大好きですし、なんなら女神様を慕っているどんな神様よりも女神様を好きな自信があります。だって女神様は私のたった一人のお母さんですから……」
そう言って、ハナは呆気にとられる大地の女神に抱きついた。
そして、恥ずかしくて紅潮した頬を隠すように、彼女はメイデン達の方に向かって走っていった。
そんな背中を見送りながら、大地の女神は一筋の涙を流し、万感の思いを込めてこう言った。
「ありがとう、ハナちゃん」
◆ ◆ ◆
少し照れくさくなって、逃げ出すようにメイデンの方へと向かっていたハナは、その光景を目撃した。
戦闘中は相手が相手だっただけに気付かなかったのだが、麒麟に仕える4人の眷族がSランクモンスターを圧倒していた。
いくらモンスター達の中で最高位に分類されるモンスターとはいえ、神獣として崇められている彼らに勝てるとは思えなかった。
だが、心強い援軍であることには変わらない。
彼らに感謝しつつ、ハナはメイデンの姿を探した。そして、彼女の背中を見つけた時、彼女の耳にその言葉は届いた。
『大地の女神を喰らう』
それは、ハナの怒りを買うには充分な内容だった。
◆ ◆ ◆
振り返ったメイデンは、怒りを押さえながら近付いてきているハナの姿を見つけた。
衝動で動こうとしないのは、この場に麒麟がいるからだろう。
状況は完全に敵から話を聞いている場面。そんな状況下で衝動的になるほど彼女は愚かではなかった。
「今の話はいったいどういうこと?」
強烈な殺気を放ちながら、ハナは威圧的に聞いてくる。
聞かれたワイズオウルと傍にいたミナは、恐怖で怯えていた。
「……待ってハナ……彼らに敵意はもうない……」
「そんなことは見てたらわかる。私が聞きたいのはそういうことじゃないの! なんで女神様が狙われなくちゃいけないのよ!」
ハナの怒りを、メイデンは仕方ないものだと受け入れていた。
彼女だって、狙われたのが鉄の女神であったならば、この程度では許していなかっただろう。
十中八九、このワイズオウルとそれに従ったモンスター達を殲滅していた筈だ。
だからこそ、ハナが怒る気持ちは痛いほどわかった。




